間もなく今年も終わりですね。寒さ厳しい折、皆さん、風邪など召されていませんでしょうか。

 

さて、私たちは日々様々な感情を持ちながら生きています。日本人はあまり感情を表に出さないと言われますが、それでも振り返ってみると、怒りに我を忘れたり、悲しみに

沈んで動けなかったりした経験の一度や二度は誰にでもあるのではないでしょうか。

感情に飲み込まれ、押し流されてしまっているとき、人は自分自身のコントロールを失い、状況について適切な判断をすることもできなくなります。

 

そのような感情に対してフォーカシングでは、少し間をとって、それが起きてくる状況全体をからだの内側で感じてみるということをします。「悲しい!」と泣き叫んで悲しみにどっぷりと浸るのではなく(そうすることが必要なときもありますが)、その悲しみを引き起こしている状況全体をからだの内側でそっと感じてみます。

 

そこで感じられるものは、何かもやもやと立ち込める霧のようなものかもしれません。あるいは、ひりひりとした痛みのように感じられるかもしれません。それとも、からだの中に大きな空洞があるような感じかもしれません。そのようにからだで感じられる感じを「フェルトセンス」と呼びます。

感情に飲み込まれているときの私たちは、感情の渦の中で小さな存在になってしまっています。けれども、その状況についてのフェルトセンスを感じているとき、フェルトセンスは私たちの内側にあって、私たちはそれよりも大きな存在です。また、フェルトセンスは「それ」といって指し示すことができます。

 

フェルトセンスが出てきたら、しばらくそこに留まってその感じをじっくりと感じてみることが大切です。すると、それは決まりきった「悲しみ」や「怒り」といった感情だけでなく、自分が今の状況をどう感じているか、もっと豊かにいろいろなことを教えてくれます。悲しみながら自分を責めさいなんでいるかもしれません。あるいは、呆然として動けないのかもしれません。

 

そうやって、自分の奥底で感じていることをしっかり感じて「あぁ、そうなのか」と実感すると、からだはほっとして緩んできます。感情に浸っていると、同じところをぐるぐると回って行き止まりになってしまいますが、間を取ってフェルトセンスを感じ、からだが納得すると、そこからその人自身の生を前進させる方向(その人らしく前に向かう方向)に向かって変化が生まれてきます。もう、感情に飲み込まれていた自分とは違います。

 

フェルトセンスは誰でも感じることのできるもので、実は日常の中でもそれと気づかずに感じているものなのです。そんなからだの声、フェルトセンスをゆったりじっくり感じる体験を共にしてみませんか。

次回のフォーカシングを楽しむ会は、1月13日(土)、四ツ谷で開催します。

お申込み・お問い合わせは focusingfocusing@gmail.com までどうぞ。