日ごろ世間の流行には疎い世話人ですが、うっかり流行にのって風邪をひいてしまいました。

師走の忙しいさなか、皆さんも体調くずされたりしていませんでしょうか。

 

今日は自分の中にある、自分自身を攻撃する声についてお話します。

皆さんは、仕事や人間関係でつらい思いをしたときに、一方で「そんなの怠けているだけだ」とか「お前の我慢が足りないんだ」と自分を責める、内なる声が聞こえてくることはありませんか?

その「声」は、何かにチャレンジしようとすると「そんなの無理だ、どうせ失敗するに決まっている」「お前にはそんな能力なんかない」と言ってみたり、失敗すると「ほらみろ、やっぱりお前は何をやってもだめな、無価値な人間だ」と言ったり、うまくいったときでさえ「その程度じゃ全然だめだ」と言ったりします。

 

フォーカシングの創始者であるジェンドリンは、この声のことを「超自我」と呼んでいます。超自我とは、元々は精神分析の祖であるフロイトが用いた用語です。フロイトは、人間の精神は「イド」「自我」「超自我」の3つで構成されており、快楽原則に基づいて本能の欲求のままに動く部分がイド、現実原則に基づいて理性的にイドをコントロールするのが自我、そして親の教えや世間の道徳、規範意識で強く律しようとするのが超自我だとしています。

ジェンドリンの言う超自我は、フロイトのそれよりも、自己否定的で自己攻撃的な面が強調されています。ここでは、ジェンドリンの使い方と同じ意味合いで、超自我という言葉を使います。

 

さて、超自我の攻撃を受けたことがない人はきっといないと思いますが、その攻撃はその人の本来の生きるエネルギーを奪い、生の方向に向かって動こうとするのを邪魔します。超自我の声に耳を傾けてしまうと、恐れや諦めに支配され、自分を信じられなくなり、自由にふるまうことができくなってしまうのです。

でも、実は超自我の声こそ、非合理的で、愚かな思い込みでしかないことに気づきましょう。

いかにも絶対正しいことのように自信満々で語りかけてきても、超自我の声に耳を傾けてはいけません。

「わかっているけど、それが出てくると負けちゃうんです」‥そうですね、超自我はなかなか強敵でしぶといです。簡単には撃退できないかもしれません。

でも、まずは自分を攻撃しているのは超自我だということに気づきましょう。「お前なんかだめだ」そんな声が聞こえても、「また超自我がなんか変なこと言ってる」と思えるようになったら、しめたものです。次は、「はいはい、わかったから、ちょっと黙ってて」と言ってみましょう。

繰り返し、そうやって練習していくと、少しずつ自由になっていく自分をきっと感じられますよ。