大里教授が帰つて来る。眼鏡をハンケチで拭きながら、顔を伏せ、窓のそばに近づき、そこからじつと外を見てゐる。
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大里 細木君、どうも先生、すこし興奮してるやうだが、なんとかならんかねえ?
細木 へえ、さうでせうか。僕はあべこべに、冷静すぎるやうに思つたんですが……。大里先生に対して、なにか、急に、感情を動かされるやうな理由があつたんぢやないですか?
大里 僕がはいつて行つたら、いきなり、かうして自分の頭を片手で押へて、髪をかきむしるやうな風をしてみせるんだ。
細木 それや、どういふ意味ですか?
大里 知らん。ただ、その後で、僕に謝罪しなけれやならんことがあるといふんだ。僕に対してだよ。いつたいなんだつて訊くと。……まあ、そんなことはここで言はんでもいいが、結局、つまらんことさ。なに、言つてしまつてもかまはんがね、つまり、彼は、自分の仕事、行動を絶えず僕がにらんでゐる。つまり、批判の眼を光らしてゐる。それがつらかつた、といふんだ。そこまではいいんだが、それからが、どうもをかしい。彼の曰くだ、さういふ僕の存在を煙たく思ふあまり、彼の意識のどこかで、絶えず僕の死をねがつてゐた、と、まあ、かういふわけなんだがね。そんなバカなことがあらう筈はないし、僕は断じてそれを信じませんが、さういふ妄想のやうなことを口走るのは、一種の錯乱状態、少くとも、興奮状態ではないかと思ふんだ。
