よき不安、そして過呼吸発作
当時の私は、ひどい時で、住んでいたマンションから少し歩いて出ると過呼吸発作
ひきこもる事はしなかった、、、出来なかった、、、、
それは、家族の理解があまりない、、、、
私には、三才下にもう一人の弟がいました。
浩二という名前で、、、、
生まれて、筋ジストロフィーという病気で、最後まで寝たきりな浩二
まだ、高額な病院費用など、自費の時代で
そういった話は、両親からも親せきからも、話も説明もなく
私が、中学時代、やっと自分なりに理解した。
一番古い記憶の5歳の時に
浩二は、3歳
『 いつになったら、浩二と遊べるんだろう?? 小さな敷布団にちいさな浩二 』
母親が、バギーに浩二をのせて、その横に私が
そして、商店街に買い物に
母親が、八百屋さんなどで買い物中は
私が、泣いている弟をあやしたり、話しかけたり
もちろん、会話ではなくて、此方からの一方的な、、、、
ニコッとしだすまで、いろんな言葉や態度であやす
はやく、近所の公園の滑り台や、ブランコで遊ぼうねって、、、、
当時は、障がい者に対して、厳しい差別があり
障がい児である、浩二を見ては、
すれ違う親がその子供に『 観てはダメ!!奇形児ようつるヨ』
『気持ち悪い』 『よく連れて、来れるわね』
私は、母親を、見上げると 聞こえてないふりをしていた
5歳の自分が、母親と浩二を守らないとあかんねや!!
我がままや、甘えることや、したらあかんねや!!
おやつも、おもちゃも、いらん、、、、欲しいけど、、、、
私は、10歳になり、浩二は、7歳
でも、小さな敷布団に、ちいさな浩二
突然、母親がパニック状態!!
救急車がやってくる 病院に、一緒に行く
7歳の浩二、、、弟が他界、、、、
思いっきり、おかしくなりそうなぐらいに
私は、泣きまくる。。。。
両親も、親せきも、何がどうで他界したんだとかの説明もなく
私をケアしてくれる人もいない
ただただ、、、 辛い、、、もういない、、、
自宅での、お葬式、、、
マイクロバスに、とっても小さな棺桶
それからも、今現在も、私の中にいる弟、浩二。
こういう出来事の中での自分なりの我慢が、一つの原因だと
心療内科の先生は、言われている。
最後まで読んで頂きありがとうございました。