今日はいつもお世話になっている


金峯山の阿闍梨から聞いた話を書きますね。満月


高齢のその方は困ったことがあれば24時間いつでも電話をして来なさいと


親切でありがたいを指導を私にしてくださいます。


医学的には生きているのが不思議な体質で現在も


病院から研究観察をお願いされています。


視力はほとんど無いはずなのですが、霊的なものは見えていて


不思議と私の顔もわかるようです。


さて、私たちにはよく解らない世界に存在する


この阿闍梨という資格について最近詳しくお話をしてくださいました。


戦後直後までは1000日修行を終えた者しか


阿闍梨になることが出来なかったそうです。


修験道本山である金峯山では阿闍梨は明治以降5人しかおらず、


その方が阿闍梨になった時は3人がお亡くなりになって、


2人しか存在しなかったそうです。目


金峯山から認められる阿闍梨になるには


1000日間の修行を終えなければなりません。


1000日間、片栗と水以外は口にできず、


一日40キロ歩く日や動けず座り続ける日もあり、


雨が降ろうが、雪が降ろうが、深夜も山の中で過ごします。


(戦後直前は冬も行っていたとか)

多くの挑戦者は挫折し、救急車で運ばれることもあるそうです。


金峯山の最高位の猊下もこの修行を行われたそうです。


ですから、当時の猊下を除いて生存される阿闍梨は2人だったそうです。


最近、この壮絶な修行をしないと得られない事を


具体的に教えてくださいました。


私はこの話を聞いて1000日修行を終えないと、


修験道本山である金峯山では


本物の阿闍梨と呼ばれず、認められない事がなぜなのか解りました。


詳しい内容は書くことができませんが、


機会があればいずれお話出来る時が来るかもしれません。


とにかく、この1000日修行は、


自分の望みや我の追求の心ではやり遂げられるものではなく、


我の全てを捨て、他の者のために霊山に分け入り、


ひたすら他の者のために祈り、修行された方でないと


達成できないそうです。


そう考えると、本当にありがたい存在でいらっしゃいます。


現在は教授として修験指導者の方の指導にあたられています。


この方は阿闍梨の中でも観音菩薩の位を授られています。


(このような高位は滅多に無いことです)


阿闍梨の中には様々な階級があり、


そして一度授けられた階級が生涯変わる事はないそうです。


私は修験ではありませんが、ありがたいことに


目を掛けてくださり、いつも指導してくださいます。


接するたび、話すたびに我欲を全て捨てて、


神とともにいる方だと、繰り返し感じる素晴らしい方です。