『ムーンライト・シャドウ』

2021年/日本/92分/監督 エドモンド・ヨウ

Netflix

 

 

原作は吉本ばななの『キッチン』収録ときいて、え、それってずいぶん昔だよね、って思いました。

マレーシア出身の監督が大好きな小説だそうで、これは日本映画ですけれどちょっと異国入ってます、という感じが確かにします。

吉本ばななの原作って、リアルな生活感がない文章でそれがデビュー作であるこの『キッチン』の特色であり、当時新しい文体のように騒がれたのを覚えています。

 

今だと普通の何気ないどこかおしゃれな言い回しって吉本ばななが最初だったんじゃないかなぁ、そんなことないか。

主演はさつき役が小松菜奈さんで、その恋人役、等が宮沢氷魚くん。

もうこの2人がきれいでねぇ。

 

 

きれいだからずっと観ていられる。

もちろん映像もきれいなんだけれどもきれいな絵の中のきれいなふたり、という感じ。

 

ただし、優しい恋人、等は事故で死んでしまう。

喪失感に苦しむさつき。

等は弟、柊(佐藤緋美)が少し変わった子で、情緒的に不安定。

恋人、ゆみこが今の柊を支えている。

 

4人で仲良く食事をし、笑い、話し、遊ぶ・・・・・・他愛のない風景がとてもいとおしく描かれています。

 

 

テーマは今となってはあまりめずらしくない喪失感からの脱却ですが、本当にたたずまいが素敵なきれいな映画。

 

この映画を観て、もやもやとしていたことがあって以前、映画の話をしていて

「日本映画はテレビドラマと同じだから観ない。アメリカ映画を観る」

と言われたことです。

 

好きなものを好きな時に好きなように観ればいいけれど、観もしない映画をけなす無神経にかなりイラっとしました。

ずっと好きなアメリカ映画を観ていればいい。日本映画なんか知らないのだから余計なひとこと。観ろとは言わないが黙ってて。

 

でもねぇ、もうこの手の話は私が若い時からずー--------っとあって、昔は結構、ムキになって怒ったりしてたんですけど、もう時間の無駄としってスルーしてます。

 

じゃ、テレビドラマと映画はどう違うんだろう、と考えてもやもやしていました。

最近はテレビドラマの映画化というも多いです。(それはアメリカも同じだと思うけれど。ただ知らないだけで)

映画は娯楽が芸術が?という話ではないですが、テレビドラマは完全に娯楽ですね。わかりやすさが一番に来る。

でも映画は芸術とまでいかなくても、描きたいものを描く。

 

この映画も実はそんな親切ではなくて、抽象的でわけわからない描写というのが結構はさまれるのでテレビでは無理で、それは大きなスクリーンで堪能するような心象風景描写なんですね。

 

 

ここまで考えて、でも、明確な区別はつかないな・・・・・・と思います。

昔だったらフィルムが違うって言えたかもしれないけれど、今のテレビの映像技術はすごいですから遜色はないと思う。

役者さんも昔のように映画俳優、ということもなくテレビ、舞台、映画と幅が広い人は広い。

 

映画公開も配信オンリーだったりして、その方が世界により広く発信できる場合も出てきました。

これから混沌とした世界が待ち受けているのかな、と漠然と思います。

 

とりあえず、映画=アメリカ(ハリウッド)という頑なな思い込みは、ださいと思う。

好きを否定しないけれど、浅はかな口をきくことはとても恥ずかしいださいことだと思いますよ。

私は何よりもださい人が嫌い。