尊敬する人の本の中に、
『世のため、人のため、自分のため』というフレーズがあり
何回も読んでいるうちに
そういう生き方を身に付けたいなと思うようになりました。
これは、"生き方"なんですね。(*^^*)
1 世のため
2 人のため
3 自分のため
という順番になっていて、
3から、2、1と上がっていくんです。
まず、3を満喫しないと2そして1へと行かれないようになっています。
ところが!
最近同僚になった若い男の子のN君。
この中のどれでもないんです。
N君は。。。→
毎日一生懸命で我慢して我慢して仕事をやって、具合悪くてもお客さんところに行って営業して、
"素直なのでお客さんにはとても好かれる"
んだけれども、、、
とことん!働いてしまう。
いつも苦しそうな顔をして稼いできて、
"楽しそう"では ないんです。
いつかは朝礼でふらふらっと倒れてました。それも、
倒れたのは1回やそこらではない。。。
あ、判った。! と思って
N君と仕事の"打ち合わせ"というのを
試しに してみました。
『世のため、人のため、自分のためっていう生き方があるんさ。判る?
判らないよね。』
N君はきょとんとした顔をしてました。
『君はその下の
4番め、"犠牲のため"に生きてるんだよ。』
そう、N君は
4 犠牲のため
に、生きているんです。
何でもいいんですけど、
1 世のため→会社
2 人のため→家族
3 自分のため
としてみましょうか。判りやすく。
この1 2 3 は、喜びのために生きてるんです。
1 世のため→会社 の、喜び
2 人のため→家族 の、喜び
3 自分のため→自分 の、喜び
ところが
4 犠牲のため
これは、『欲』なんですね。(*^^*)
N君は えっ!という顔をしました。
"自分の身を粉にしてこれだけやってる。
俺はストイック(禁欲的)に生きてる。
自分のために"時間を"使ってなどいない。"
↑
これが、欲。
『自己満足』なのです。(*^^*)
そう。
"欲"というのは "キリがない"ので
とことん、"まだだまだだ"と言い続けます。
自己満足のためにやっているからこそ
"キリなく、満足出来ない"のです。
結果、自分の身体を疲弊させても
"まだまだ犠牲のため"に 生きるのです。
『すでに、身体から
"もうここまでにしてくれ、欲はキリがないんだ。気付いてくれ。"
というサインがいっぱい出てるでしょ。
毎朝あちこち痛いと言ってるじゃないの。
まだまだ"その生き方"をしてると
"大変なこと"になるんだよ。』
なんでもっと"自分を大切に"しないの??
1つ上の
3 自分のため→自分の喜び
を生きるとしたら、、、、、
さて。
"自分の喜び"って何よ。
と N君に聞いてみました。
素直なN君は言いました。
『身体を休めること。。。』
そういう答えだったのです。
そうでしょ。
自分の身体を休める。
自分をいたわる。
自分をねぎらう。
自分を誉める。
自分のテンションが上がるものを買う。
そう。
何で自分の喜びのために生きないんだ。
だいたい、朝礼でふらっと倒れるまで立ってるって、なんなん??
調子悪いから今朝の朝礼は抜けますって
言えばいいじゃないの。
休憩室で休んでればいいじゃない。
それなのに、
俺はここまで骨身を削ってるんだって、、
そういう主張。
倒れるまで我慢してるっていう主張。
それは自己満足以外の何でもない。
そんな風に君が生きていても
毎日毎日を犠牲のために生きてられても、
1 や 2 の、"会社"や"家族"が
"喜ぶ"わけ ないでしょ。
もっと自分を大切にする練習しなさい。
慣れなくて判らなかったら、
毎晩寝る前に一言、
俺は今日も良くやった。
偉かった。
と、きっちり満足して寝るようにしてご覧。
(続く)