というわけで…。
そるじゃぁへっど@幸チャレ狂信者のポンコツ歩兵(๑•̀ㅂ•́)و✧@head_soldier
ちょっと実母の件で、頑固な母が引き起こしたショッキングなことが正直、もう一生懸命生きるのなんて無駄なんじゃないかと思うぐらいショックだったため… もう今から寝ます… こういう時は、寝るに限る………。 皆様、ありがとうございました… おやすみなさいませ…。
2021年05月01日 20:52
昨日、Twitterで呟いた認知症でリウマチで動けないけれど頑固に一人暮らしを続けいている実母のお話を…。
昔から、実母は自分の大事にしたいことに忠実な人でした。
私の小さなころは仕事とパチンコ、スロットに。
私が小学校高学年になると宗教に。
私が生まれたころは多分ですが、浮気性の私の父に。
そして今は猫を大事に。
時々友達が訪ねてくるあの家を大事に。
自分の大事にしたいことに忠実に今も生きています。
私を高齢出産にも関わらず産んだのは、浮気性の父を引き留めるためだと私は知っています。
そして結局、父をつなぎとめる役目を担わされていた私は時々しか帰ってこない父をつなぎとめることなどできるはずもなく、
失敗作であり生まれてくるべきではなかったのだという思いを持ちながら生きるのですが、
今も実は私は生まれてくるべきではなかったのではないか、という小さなころに埋め込まれた呪いのような思いと闘いながら生きています。
昨日、母を担当してくださっているケアマネさんから電話がありました。
母は家の外にも来る猫に餌付けをしており、
私はそれを、結局餌付けされる猫たちのためにならないから、
と何度もやめるように伝えていましたがやめず、
足が悪くなっても猫の餌だけ必死で歩いてやりに行くので、
足が完全に動かなくなるより良いか…と半分は思っていました。
ですが、その外に来ている餌付けしている猫が子猫を産んで、
餌付けしている猫が子猫を産む、そんなことは何度もあったのですが…
山を追われ、食べ物のなくなった狸かイタチか分かりません、
何らかの動物に子猫たちが襲われ、その死骸が家の周りや玄関の中、小上がりにまである、
デイサービスに足も悪いから連れていけないが、ヘルパーさんたちも猫の死骸が気持ちわるすぎて食事を持っていけない、
本人は追い払うのにそこらじゅうの物を投げていて、家も散らかっている、とのこと…。
私は子猫も大好きですし、猫も大好きです。
そして、犬も大好きです。
だからと言って野良猫に餌をあげたりすればその子たちがゆくゆく困ることになり、
しっかり自分も元気で自分の事も出来て、その子たちを責任もって飼うというならばよいにしても、
飼えないのならば、責任が持てないのならばそっとしておかねばならない、とも思っています…。
…母に外猫に餌付けをやめさせなかったから、
こんなことが起きたんでしょうか…。
私はひとまず今日は主人も一緒に行ってくれるとのことなので、
家の片づけに行きます…。
ですが、主人はそういったことは恐らく大の苦手。
私もそうです。
ですが私がやらなければならないのだと思います…。
私は、一生懸命。
『人は楽しいということを知り、幸せになっていいのだということを知るために生まれてきたのだ』と信じて、
呪いと一生懸命闘いながら生きてきたのですが、
今度ばかりは…なんというか…。
なぜ小学生の時に父を引き留めるために母が練炭自殺を図った時に、
私は死んでいなかったのだろう…
なぜ、失恋してショックで大量の風邪薬を飲んだ時に死んでなかったのだろう…
なぜ、若気の至りで起こした大事故で死んでなかったのだろう…
なぜ、若いころの大病で死んでなかったのだろう…
『父親を引き留め、母親を幸せにする』という役目を担って生まれてきたくせに、
それを果たせなかったからこうして苦行を強いられるのか…
いつも心にある呪いに食い殺されないように…
『そんなはずはない、私だって生きていていいはずだ』と、
いつも自分に試練のようなものが降りかかるたびに、
その時の自分のできる限りの一生懸命、正々堂々で乗り越えたら、
生きていいのではないか、と思って生きてきましたが…
今回ばかりは……。
堪えます…。
猫を守れなかったと思っている母は、
そんなことも忘れて、なぜ家に死体が転がっているのかとパニックになっているかもしれない…と
心配する自分にも嫌気がさします。
自分を大事にしてくれなかったじゃないか、という思いと。
まだどこかで母に私の方を向いてほしい気持ちと…
母を思えばその思いが通じて、私の方を向いてくれやしないかと期待している自分に嫌気がさします。
そう、今は母は、忘れるという特権を持っています。
だから私がどれほど尽くそうと、片づけようのない家を夏の暑さと戦って片づけても、
もう、散らかっています。
誰が片づけたということも忘れています。
私が思いを尽くそうと、もう、母が私の方を見てくれることはありません。
忘れるから。
それでも、
私は、
自分が母を捨てた人間になりたくないからやります。
振り向いてくれなくてもやります。
私が子供のころに嫌だった無関心を、
自分の子供にはしない、と決めています。
子供は親に、自分を見てほしいものなのだとわかっています。
そうして、母には産むんじゃなかったと何度となくいわれても、
自分の子供たちには、せめていてくれてありがとうと言ってもらいたいから、
だから、私は自分の母を捨てた人間になりたくないから、やります。
片づけます。
……自分の整理整頓にも疲れます…。
…よし。
整理整頓できた。
