はじめは、
電話でのやりとり。
課がおなじで、他支部に詰めている
かれから電話がかかってくる。
私が入社して
数ヶ月も経った頃からだったろうか。
内容は、仕事にまつわる
他愛もないこと。
確認や
引継ぎや
連絡。
ときには
課にたいする
ちょっとした揶揄を
声を落とし、
悪戯っぽくささやかれることがあった。
まあ、それは
世間話のネタみたいなもの。
私が電話を取り、
課名と名を名乗る。
すると
たっぷり一呼吸をおいて
「ホンヤマです。」
と
すこし湿った声がする。
低い声、ではない。
濡れて、ほんのすこしだけ重さを増したような声質。
色があり
たっぷりと感情があり
不器用さをあらわしているような。
甘い声。
ちょっぴり子どものような。
おそるおそるからだを震わせる
おもたい椰子の木の振動のような。
それに対応する
じぶんの声が、
いつしか
高くなっていくのがわかった。
電話の向こう側にいる人が
わたしに
好意を持っているのは明らかだったから。
否、
そもそもは
わたしが
彼の声に好感を抱いたのが
回線を通じて、彼に伝わったのだろうか?
いずれにしても、
声。
声というのはふしぎだ。
最初にかれの声を
電話越しに聞いたときのことを、
私は憶えているような気がする。
一日に何度も人とやり取りするのが仕事だ。
だから
そんなわけない。
でも、
憶えている、と思う。
ひとつひとつの
言葉、
センテンスを
取り出して再現できるわけじゃない。
ただ、
声のトーン、
受話器を通して
耳を
鼓膜を経由して
私の中に
滑り込んで
染み入るようなうねり
やさしさ、
響き、
そんなものの感触を、
ひとつの声のかたまりを
厚みのあるカーテンが風にそよぐのを
いつか見た風景を心に描くようにして
なぞることができるような気がする。
私の中のフィルターが振動したのを
記憶がとどめている
ような気がする。
声。
私は
声というものを、
声には
後ろ姿や
手の表情
と
同じくらい、
その人の
ある部分があらわれる、と考える。
それも、
本質と言っていい部分。
声をたよりに
人とつながることがある。
一部といっても、
だから
それほどの「部分」。
声質。
しゃべりかた。
動揺を抑えるときのトーン。
うれしさの表現。
健康や
精神状態まで
判然することがある。
とくに
電話だけが架け橋だったあのとき、
私は
声を取っ掛かりにして、
彼との信頼関係をやしなっていった。
声。
声を聞くこと。
今も私は
このときが
ふたりにとっていちばんおだやかで
すばらしい時期だったと思う。
互いの声を気に入って、
互いの声の調子に誠実さを感じながら
仕事のパートナーとして
言葉をかわし合うだっけだったこの時期が。
電話を発明したベルさんはえらい。
ベルさん。
ベルさんももしかしたら
どうしても聞きたい声
が
あったんじゃないだろうか。
ベルさん。
ベルさん、ほんとにありがとう。

