吉本興業の重鎮・Kさんとの“ヅラをめぐる記憶”は、
北新地だけにとどまらない。
あれは「吉本新喜劇 in 香港」という番組ロケのときだった。
出発前、香港のホテルのロビーで、島木譲二さん、石田靖さん、
吉田ヒロさん、そして私の4人がソファで待機していた。
少し遅れて、Kさんがエレベーターから降りてくる。
私たちは一斉に立ち上がって「おはようございます」と挨拶をした。
しかしその後、誰もKさんの顔を見ない。
というか、見られなかった。
全員、一瞬で察したのだ。
――ズレてる。
もみあげが四本、生えていた。
香港という異国の地で油断されたのか、
Kさんのヅラがほんの少し斜めにずれていた。
Kさんは「ちょっと寄るとこあるから」と言い残し、早
々に出て行ったが、残された我々はそこから緊急ミーティングだ。
「言うべきか? 言わざるべきか?」
言ったらプライドを傷つける。
でも言わなかったら
「なんで気づいているのに言わんかったんや!」
と怒られる可能性もある。
なにより、以前、酔った吉本興業の社員が
「うるさい、ハゲ」とKさんに暴言を吐いて、
翌週には九州に左遷されたという都市伝説が、頭をよぎる。
普段はギャグしか言わない新喜劇メンバーが、
「やっぱ言うべきちゃうか」「いや、黙っとくべきや」と真剣に議論。
結局、「気づかなかったことにしよう」という消極的な結論に落ち着いた。
私はあの時、新喜劇メンバー全員が大舞台になれているはずの
“芸人”とは思えないほど緊張していたのを今でも忘れない。
そして、大阪本社エレベーター事件

Kさんとのヅラ事件は、これだけでは終わらない。
ある日、吉本興業の大阪本社でエレベーターに乗ると、
偶然にも私とKさん、坂田敏夫師匠、そして当時社長だった
林社長の3人が一緒になった。
林さんは、創業家出身でスキンヘッドのツルツル。
その見た目どおり、毒舌とエネルギーの塊のような人だった。
余談だが、昔島田紳助さんが「ギャラ上げてください」
と直談判しに行ったとき、
「何やお前、やるんか? やるんやったらやったるで」
と即座に返したような人物だ。
エレベーターの中で、ふと林社長が坂田師匠に言った。
「坂田、お前な、やっぱかぶってたほうがええぞ。お前も、かぶっとけや」
その「お前も」が誰を指していたか――言うまでもない。
もちろんKさんだ。
坂田師匠は、当時ヅラをやめて粉を振るスタイルに
切り替えていた最中で、その一言で顔を真っ赤にして、黙って下を向いた。
あの空気。あの沈黙。
私は心の中で、「この場を和ませるために、今ここで、
はい、僕もヅラですと自分の髪をむしり取って差し出せたら……」
とさえ思った。
けれど当然、そんなこともせず、そのままエレベーターが
早く到着することだけを願い、
じっとフロア表示のライトを見つめ続けたのだった。
本に書いたテレビ局の裏側やタレントさんの面白話はこちら↓