草月ホールに行く時に間違って永田町で半蔵門線から銀座線に乗り換えてしまった。青山一丁目駅に降りてから出口近くにあるインドカレー店で早めの夕食を食べてから草月ホールに行った。扉が開いているので中を覗くとグッズの早売りと当日券と明日の券を売っていた。時間になると扉は閉まって二列に並んで開場時間まで待った。パンフがあれば買うけれど買いたいグッズはなかったし円盤類は持っているので買わない。原田知世のコンサートでも出店しているのは、いつもタワレコだが原田知世のコンサートでは円盤を買ってもないサイン入りミニ色紙なら持っている。というより原田知世のサインは一つも持っていないが遊佐未森のサインなら幾つも持っている。全てヤフオクやメルカリなどで購入したものではない。
いつも開演時間は予定より5分遅く始まるが、今日は少し遅いぐらいだった。珍しく昭和63年のデビューアルバム「瞳水晶」に収録された「桜」と「花一杯君を待つ」から始まったのはゲストが出演する時以外は全て歌詞に花が出て来る楽曲を選曲したとの事。ただし「空に咲く花」を「30年前」と遊佐未森が言っていたが東芝EMIに移籍してから「みんなのうた」に提供した楽曲なので、そこまで時間が経っていない。遊佐未森が歌っていた東芝EMI時代最後のアルバムの「Bougainvillea」に収録された「ブーゲンビリア」を名古屋で石嶺聡子がゲスト出演する時に彼女が歌うと言っていたので会場によって楽曲を多少は変えるようだ。随分前に一度か二度ほど名古屋でのコンサートに行った事があるが、この時期のコンサートで石嶺聡子がゲスト出演するのは名古屋だけ?旧正月に合わせて石嶺聡子が都内の沖縄料理店でコンサートをした時に遊佐未森がゲスト出演した時は行った事はあるが。Cafe mimo25周年を記念して新曲「25年」(追記・「四半世紀」だった)歌っていた。即物的な題名に歌詞だったけれど本人の気持ちが伝わってくる。配信するのか、アルバムが出たら収録するのか。今日のゲストは藤田恵美で離婚する前のルクプル時代の「ひだまりの詩」から歌っていた。気のせいかもしれないが離婚する前のユニットの代表作をソロで歌うからか、一瞬、遊佐未森から紹介された時に藤田恵美の表情が強張ったように見えた。さすがに「老人と子供のポルカ」は歌わなかったけれど昭和39年の早生まれの遊佐未森と同学年というので昭和38年生まれとは知らなかった。いつもなら2時間ぐらいで終わるのに2時間半近くかかったので帰る時間が予想より遅くなった。