明日はあれから29年の日 | 無駄話。

無駄話。

鬱病・適応障害持ちが書く与太話です。「下劣な党派心」による「あら探し」が多いので、合わない方はご遠慮願います。

 昨日は眠くて午後11時半頃に寝たらすぐに寝付けたようだが代わりに午前5時近くに目が覚めてしまって、それから寝付けなかった。それでいて日中は眠くて仕方がない。

 「評伝武藤富男」でキリスト新聞社版の新約聖書口語訳の初刷は持っている版と違って武藤富男が書いたあとがきが序文になっていて彼と渡瀬主一郎が翻訳者だと表記されていないとある。ヤフオクで落札された初刷の見本写真を見る限り、それで正しいようだ。「これは渡瀬老に取って非常に寂しいことであった。武藤はこれを意識しないわけではなかったが、一つには渡瀬老がすべて仕事を武藤にさせておき、自分は労せずして名をあげようとした態度に対する彼のささやかなプロテストがあったこと」と節税対策らしい。一高で少しギリシャ語をかじった程度の男が渡瀬主一郎の仕事が「中学三年生程度の単語カードみたいなところがあった」と腐しながらRSV第一版や満洲国時代に独学で学んだという「満語」の知識を生かして?黙示録を「ヨハネの啓示」としたように漢訳聖書などを参照にして「ところがギリシャ語の発音が渡瀬式であったから、それがそのまま武藤に伝わっているので間違った発音もそのまま引き継がれているわけである」なのでギリシャ語も「独学」とあっても少なくとも発音は渡瀬主一郎から学びながら新約聖書の翻訳をするとは賀川豊彦の命令と資金があったとは言えども、こんなものを人様に販売するものだ。どうせならRSV第一版から重訳した方がよかったのではないか。「評伝武藤富男」の記述には渡瀬主一郎に対する敬意など少しも感じられないので「無主の地・満洲」に「五族協和」の「王道楽土」満洲国を作り出そうとした一高と東京帝大卒の司法官僚の「内面指導」とはこんなものかとつくづく感じてしまう。神戸のキリスト教の古本屋で「1952」とあったのが気になるので先方に昭和27年初刷かと質問して今日そうですと返答のメールが着たので郵便局から送金した。武藤富男に取材して彼の友人の妹の岩倉靖子を題材にした「公爵家の娘」を書いた浅見雅男と「書物としての新約聖書」で武藤の序文(あとがき)を誤読して?それとも後のキリスト新聞社の社長なので?賀川豊彦と武藤富男を取り違えていた田川建三は「評伝武藤富男」を読んでいないだろうな。グラビア頁にザイス=インクヴァルトとの記念写真があるが昭和17年に「満州国建国十周年記念」の写真には協和服に儀礼章を着けた武藤が勲四位景雲章と一緒に一番下の三級ドイツ鷲勲章?と思ったら国立公文書館で検索すると当たりだった勲章を佩用しているのは訪独時に貰ったわけだ。日本の勲章を佩用していないのは高等官へ任官した時に官位は叙せられて昇叙しても勲章は貰っていなかったようだ。

 メルカリに出品した本が2冊売れたので出かける時に発送したが、また取り違えないかと心配になってしまう。本を入れた封筒に本の大きさに合わせて畳んだり題名の一字を書いて区別するようにはしているが。

 今日はいい天気なのに一旦外に出ると寒いぐらいだ。明日はもっと冷えるそうだ。