今日は新通所先が正午で閉まるので、昼飯を食べてから、東京都庭園美術館に行った。ここに来たのが何年前か忘れたが、土産物屋やカフェはなかったから、随分前だろう。朝香宮家を紹介する系図やNHKの子会社が製作した映像があったが、富美宮允子内親王の薨去で終わっていた。勿論、昭和12年の南京攻略戦で鳩彦王が上海派遣軍司令官として参加していた事と関係があるのだろう。以前、当方宅に投函されていた「赤旗」日曜版で軽井沢にあった朝香宮家が所有していた別荘を、わざわざ「南京大虐殺の朝香宮」云々と書いていた。千賀子妃のドレスも展示していた。写真もあったが、右から撮っているので勲二等宝冠章を佩用しているのが、すぐには気がつかなかった。孚彦王は李鍝公と一緒に大勲位菊花大綬章を賜ったが、賛珠妃は後の北白川祥子女官長と一緒に昭和20年に勲一等宝冠章を賜ったけれど、千賀子妃は勲二等のままだった。「日と夜の記」は展示していなかった。「ミカドの肖像」などで千賀子妃の薨去後に孚彦王一家がカトリックに帰依したかのように書いてあったと思うが、この本は千賀子妃の生前にサレジオ会のドン・ボスコ社から出ていて、序文は広島管区長の司教も寄せていて、千賀子妃は生前にカトリックに帰依している事が分かる。
外務大臣公邸時代の年表でネパールの国号の英語名が今の共和制移行後の国号だったり、新刊で開催されていた鹿島茂のフランスの児童書コレクションのキャプションにガリマール社が1944年に発行した本があるのに、1946年に再開したかのような記述があった。ガリマール社が対独協力をしていて、刊行出来なかったのだろうか、と思ってしまう。それならペタン元帥を崇拝するような出版物があるはずだから、あれば見てみたくなる。
今月の遊佐未森のコンサートで、時間がある時には彼女のCDやDVDを買ったら、サイン会を開くとあった。5年前も、そんな事があったから、5年ごとに行うのだろうか?出来ないところは数量限定でサイン入りの「PEACHTREE」を販売するとの事。
ネットで「半分、青い。」の原田知世の役名の名前が「時をかける少女」のヒロインの名前と同じで読みを変えている、とあった。確かにそうだから、忘れていた。「マグマ大使」が出て来るのがおかしいと言われているらしいが、まだ民放で特撮やアニメの再放送をしている頃のはずだが。もう少ししたら「時をかける少女」が出て来て、歌が出て来るのだろうか?本人が歌えば面白いのだが。これでは「あま」みたいだ。「あま」では鈴鹿ひろ美こと薬師丸ひろ子が出ていたから、今度は原田知世、と角川三姉妹が出ているが、渡辺典子が出る事はあるのだろうか?
Amazonで「ラスト・オブ・カンプフグルッペⅥ」の感想を読んでいて、この人達、「ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅」やクノップの「ヒトラーの親衛隊」、「ホロコースト全証言」、「ドキュメント・ヒトラー暗殺計画」、ビーヴァーの「スターリングラード」どころか、「神様」パウル・カレルの共著「捕虜」すら読んでいないのでは?、と思えてくる。「捕虜」すら読んでいないから、高橋慶史大先生様の馬鹿馬鹿しい記述やドイツ軍の戦争犯罪は「時代に翻弄された」とか「対パルチザン戦にはつきものの住民虐殺」とか書いて誤魔化して、ネマーズドルフが何故、起きたのか、考えもしないのだろう。まるで赤軍が「野蛮人」の軍隊とでも言いたいらしい。それでいて関東軍が敗走した時の事を言挙げしているが、シェルナーは言うまでもなく、グデーリアンやフォン・マンシュタインといった道義心もなく、恥知らずな軍人達を「評価」などしたくない。カイテル元帥やヨードル上級大将など国防軍最高司令部に勤務した軍人達や武装SSに「責任」を押しつけて、自分達は「漂白」した「潔白な国防軍」の元帥や将軍など、忌々しいだけだ。ウルリヒ・クレーマン将軍のようなロードス島のユダヤ人をアウシュヴィッツに送った師団長でも「英雄視」するがいい。それが、どういう意味を持つのか、考えないのだろうか?まだ高橋大先生よりはましな大木先生でも芝健介の「武装SS」を評価しているなら、ホートの本の解説に彼が1942年にソ連で何を命令したか、知っているはずなのに、一言も触れていない。
新改訳2017の出エジプト記の第1章で「助産婦」という言葉を使っているから、先方のコメントコーナーで「助産師」にしないのか?、と質問したら、先方から返事が着た。前はマルコ伝の第2章の最後で、今までの新改訳第3版までは訳さなかった「ですから」を新改訳2017では訳したのは「どう読むか、聖書」で「強引な翻訳」と批判されたからか、と質問したら、底本の通りに訳したまでだ(他の質問でも、そういう回答をHPで掲載しているから、結構多いのかもしれない)と返事が着たが、今度は検討するような返事が着た。まあ、どうなるのでしょうね。歴代誌上で訳語が変わった事の答えで底本通りに訳したが、複数形という注を入れるとあったが、引照なし・注付の大判には、そうなっていた。