来週に「証言」の著者(という事になっているらしい)のソロモン・ヴォルコフの「ショスタコーヴィチとスターリン」が出るので、「伝記1」(ヴォルコフの本の目次を見る限り、スターリンが死ぬ頃までのようだが)と断り書きをつけたくなる亀山郁夫の伝記は、なかなかよかった。戦時下の交響曲第7番のエピソードのように「人民と共にいる作曲家」から、特にソ連共産党に入党してからは「党の御用芸術家」とも見做されていた作曲家の人生は、スターリンの時代に生きた人なら内心はともあれ、表向きは「同志スターリン」を礼賛しないと投獄されるか、下手すると銃殺されてしまうだろう。ソルジェニーツィンはショスタコーヴィチを嫌っていたが、ヴィシネフスカヤが「マトリョーナの家」をオペラ化したかったと書いていたから、作曲家の側はそうでもなかったらしい。ソルジェニーツィンとアフマートヴァと深い関係を持ったチュコーフスカヤの息子が作曲家の娘のガリーナ・ドミートリエヴナの夫なので、サハロフ博士を非難する決議に作曲家が署名した時に非難するのも余計だろう。「収容所群島」では本人の作品をドイツ軍の封鎖下にあったペテルブルグで守った人の事は出て来るが、あの「レクイエム」を記憶した人だから。
トロツキーの伝記を読むと、ヴェーラ・インベルのような御用詩人(サーヴィスの伝記には彼女の父親の従兄弟-つまりトロツキー-を礼賛した詩が引用されていた。トロツキーの血縁者が御用詩人として「活躍」出来たものだ)もいるが、彼の孫娘のアレクサンドラ・プラトーノヴナとユーリヤ・セルゲーエヴナは親族に引き取られていた。トロツキーのような「人民の敵第1号」の孫娘や「人民の敵第2号」のレフ・セドーフの姪を引き取る事は、とてつもない勇気がいる事だったろうに。
トゥハチェフスキー事件を書いた冊子で、党員大会で党員章を破った女性教師がいたそうだが、中にはそういう人もいる。この本で初めて知ったが、ショスタコーヴィチはトゥハチェフスキーを非難する決議に反対していたとあった。これは1938年の事なので、トゥハチェフスキーが逮捕されてから作曲家が取り調べを受けたが、取調官が逮捕されて難を逃れた件の後になる。トゥハチェフスキーとの関係は分かっているから、命をかけているだろうに。他の党の偉いさんと彼の関係と違って、トゥハチェフスキーとの関係は、代表作の交響曲第5番と絡むので、無視出来ないし、この元帥が銃殺されてから、この世に残した足跡の一つ(彼や先輩格のロシア軍出身の「軍事専門家」達-スドプラートフはシャポーシニコフが彼を売ったと書いているが、この大佐が自らより早く参謀総長になった若い近衛の中尉を妬んだにしても、ちょっと無いのではないか-が赤軍に残した戦略を含めて)なので、この元帥が重要な存在であったのに、意外と日本語で読める本が少ない。この本で出て来るショスタコーヴィチがトゥハチェフスキーの追悼文を書いた「トゥハチェフスキー元帥」という本はeBayで見つけたが、ロシア語なので読めない。誰かトゥハチェフスキー伝を書くか、質のいい本を訳してほしいものだ。
この本は「磔のロシア」では交響曲第5番の解説で正教会のパニヒダとなっていたのをやめて、「葬礼の歌」となっている。正教会の用語に馴染みがないと分からないからだろう。