イェホヤキン王の粘土板 | 無駄話。

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鬱病・適応障害持ちが書く与太話です。「下劣な党派心」による「あら探し」が多いので、合わない方はご遠慮願います。

 昨日、CLCで買った「ノアの箱船の真実」という本は、著者は名前と大学に入る前にヘブライ語を学んでいたとあるからユダヤ人の学者のようだ。「ギルガメシュ叙事詩」以前の粘土板に記された洪水伝説からクルアーンまで取り上げて論じていて、なかなか面白い。
 ヘブライ語聖書(この本は「旧約聖書」の事を、こう書いている。ユダヤ教のタナッハでもキリスト教の「旧約聖書」でもない中立的な用語として使われている、とあるが、著者がユダヤ人ならば余計だろう)に出て来るバビロン捕囚で洪水伝説との出会い(何か長谷川三千子の「バベルの謎・ヤハウィストの冒険」に似ているが、結局そうなってしまうのだろう)を書いているが、その中でイェホヤキン王や彼の王子達に支給された油の記録を記した粘土版が紹介されている。「バビロニア年代記」も引用されているが、何故、イェホヤキンはバビロンで丁重な扱い(この本は「国賓」とあるが、むしろ「賓客」と訳した方がいいだろう)を受けたのか、もう分からないだろう。ただ、「ユダヤ戦記」でヨセフスがエルサレムの叛乱軍に向かって投降を呼びかける自身をエレミヤと共にイェホヤキンと同一視した個所があるので、イェホヤキンは新バビロニア軍がエルサレムを占領した時に堂々と投降したのかもしれない。「哀歌」の作者はゼデキヤをユダの王と書いているが、「エレミヤ書」や「エゼキエル書」ではイェホヤキンをユダの最後の王と解釈しているように読めるから、彼は臣下から敬愛されていたのだろう。「エレミヤ書」に出て来る預言者ハナニヤの「預言」は彼の帰還がユダの復興に導く、という臣下の思いが前提になければ言わないだろう。
 この粘土板はマサダを取り上げる時に2,000年近く、ここで眠っていたベン・ヤイルの名前が記された陶片と一緒に見つかった陶片を紹介しているのと同じように取り上げられる。だからイェホヤキンは列王記では即位した時の年齢が18歳で、歴代誌では8歳だと食い違う場合、列王記の記述を使えばいい(一緒に捕囚の運命にあった人物の中に妃達も出て来る。歴代誌は彼だけ)という事になるが、アザリヤ王は列王記が22歳、歴代誌は42歳と食い違う場合、列王記優先で彼まで歴代誌で22歳と訳す聖書もあるが、実際のところ、少なくとも今は、証明も否定も出来ない。福音派の牧師さんがエホバの証人のユダ王国の滅亡が実際より20年早い事を反駁した本で考古学的な史料と聖書が矛盾する場合、「聖書を選ぶ」と書いていたが、当時の記録を優先すると言うのが筋だ。新改訳聖書でアザリヤ王を歴代誌でも42歳と訳して、注釈に22歳と記しているが、こういう場合が困るはずだが、福音派は無理して無視する。