無駄話。

無駄話。

鬱病・適応障害持ちが書く与太話です。「下劣な党派心」による「あら探し」が多いので、合わない方はご遠慮願います。

 昨日も眠たかったが寝たのは午後11時半頃。

 「ばけばけ」を見ていて板垣李光人は「青天を衝け」では民部公子、徳川昭武役だったので吉沢亮との共演シーンは多かったなと思いだした。

 髪が伸びてきたので床屋に行った。終わって近くのショッピングモールの書店に行くと去年刊行された「米原昶の革命」が売っていたので買って、そのまま帰った。米原昶の伝記類は追悼集ぐらいしかないそうだ。戦前の日本共産党は非合法活動をしている組織なので特高や警官に逮捕された時に備えて「風間丈吉がモスクワから三一政治テーゼを全部暗記して帰ってきたように、党員は日常文章を暗記する練習を怠らないようにしていた。人間が「メディア」になる。レイ・ブラッドベリの描くSF『華氏四五一度』の世界である」(107頁)と書かれているが転向者は手記を書かされたが風間丈吉は転向前に(特高が把握している範囲だけにしても)立花隆の「日本共産党の研究」に合わせて党関係の記述を「『非常時』共産党」と題して刊行された手記を書いていたり袴田里見のように拷問にかけられなくても自白したと「党とともに歩んで」で語った「非転向者」がいたりしては話にならない。米原昶を「非転向者」と書いているが党との連絡が切れたので結果的に逮捕されなかっただけだった。著者は日本共産党員かシンパらしいが日本共産党が蔑称だと使わない「日共」という言葉を使っている。著者が礼賛している昭和30年代の「自主独立」への過程を読んでいると、その頃は出身地の新潟市で日本共産党の末端の専従だった佐藤勝巳の「わが体験的朝鮮問題」の記述とは全然違うなあ、と思った。この本の著者が引用しているように米原昶のお嬢様なら訪中すれば北京ダックが食べられる事と当時の日本共産党と中国共産党との関係には視線が向かないようだ。袴田里見が除名されてから書いた「私の戦後史」の方が参考になる。米原昶の長女の米原万里が日本共産党を除名されたのは父親の没後なので書かなくて済んだだろう。しかしニキータ山下の「夕空の鶴」で引用されている米原万里が仕事仲間を3人、イニシャルで表記して師匠共々、人間性を疑いたくなる文章を読んだので日本共産党幹部のお嬢様と白系の亡命者を母親に持った正教徒やイスラーム教徒(「夕空の鶴」にはユダヤ教徒は出て来ないが、いたかもしれない)とは元々反りが合わないにしろ、娘にどういう教育をしたのか、と思ってしまう。米原万里は5・15事件の首相官邸襲撃犯の士官候補生にして満軍の軍官を経てルーマニアに対ソ諜報活動で派遣された野村三郎と彼の妻のタチアーナとは仕事上、面識はあっただろうが「極右のテロリストにして特務と白衛軍人の娘」と見ていただろう。自分が貴族院議員の孫なのに貴族院議員にして枢密顧問官だった関屋貞三郎の孫の奈良橋陽子をどう見ていたのだろうか。日本語とロシア語を両親から学んだ石井タチアーナとも面識はあっただろうが社民連の石井紘基の娘なので、やはり反りが合わないだろう。