ほんとに、かわいいったら、ありゃしないじゃござんせんか。



これで、ほんと、もっと小さいねこさんだったら、もーどーしよ、、きゅっ!ってなるでござるね。いやいや、これでも、、もう、、なっている。


明日、というか、今日、、手術なのだよ。やだなぁ~。もう、かなり感情移入してるのでございます。

そうすることがお互いに暮らしやすい、とは、言うものの、何故にそんな飼い方しなきゃなんない世の中になったのだ。。。家の中で飼われると発情期が年3回もやってきて、野良さんだと、年1回だ、って書いているの読んだ。事実なのかどうか知らないけど、屋内でままらない発情期を年3回迎えなきゃならない猫さんも、それを家で見ていなきゃならない同居人にとっても、、、お互いに楽になることは事実だけど(当人同士だけの問題だけでもなくて、社会の為にも、かな)、、、飼われてる猫さんだけが、痛い目をする、、ってのも、、本来存在するものを無くす、ってのも、、、んーーー、とにかく、、やだな。


わたしは、わりと、「そういうふうにできている(注:さくらももこのエッセイのタイトル/糸井重里がつけた)」精神がすきだ。

↑「そう思うと楽になる、だからだ。」と言われれば、それまでよ。


と、横で、テレビ。
いい年したおっさん2人が、仏像を見て、うんちくを述べ、美しい、すばらしい、と、評する番組が放映されている。。
よぉわからん。(嫌がっているとかではなくて、ほんとに、わからない、ずっと、続けて、見てれば、だんだん、千手観音だの不動明王だの、仏像の意味だの、、なんだかんだの、、わかってくるのかな。って、わかってもいいけど、是非わかりたいワケではない。)