父親が亡くなってから、松の剪定でわからないことがあって、少し尋ねたりしたことがあった。
父親の幼馴染みのおじさん。
半年ほど前もなんだかの病気で3ヶ月くらい入院した。退院してから、一気に弱ったというか、老け込んだらしい。
で、また、先日足の裏に2度の火傷をして入院しているらしい。
こう続いて、入退院、何週間か何ヶ月か入院生活送る、って言うのは、ほんとにお年寄りを余計に弱らせる。とにかく動かないと弱る一方だから、大丈夫かなって心配する。
でも、こうやって、だんだん弱っていくんだ。
すごく父親と仲が良かったワケでもなさそうだけど、若かりし頃の父親の姿、好きであろうが嫌いだろうが、このおじさんの記憶の中にうちの父親は確かにいる。ほんの薄っぺらい記憶かもしれないけど、確かに存在している。
おじさん、長生きしてほしい。
おじさんの中のおとうさんがおじさんといっしょに消えていく。
おとうさんが消えていくようで、悲しくなる。
世の中、ひとそぞれの、こういった記憶がそこら中に散在している。
街のあかりみたいだ。
おとうさんのあかりはどんだけ残っているんだろ。
夜が更けていくにつれ、街の灯りも、、ぽっ、ぽっ、と、消えていく。
人の記憶も存在も、こうやって、世の中から消えてなくなっていくのだな。