すると、トイレから戻った友人は、やけにテンション高く、話を続けた。
「あいつよお、誕生日でさ、前の嫁さんのガラケー使ってたみたいだから、帰りにスマホを買ってやってよ。高校受験の合格前祝いだから、合格しなかったら返しに来いって伝えて、だはははは。スゲー喜んでたわ。」
さっきとは打って変わって大げさに話し始め、
「でさ、あいつ、なんて言ったと思う?」
「大事します、山内さん、ありがとうございますだってよ。」と声を張り上げる友人。
「ふ~ん、礼儀正しいな。」
「あと、俺が再婚して子供が居ることも伝えたら、弟ができてうれしいだって。」
と威勢よくまくしたてる友人の、普段と様子が違うことにようやく気がついた。
「お前、これアルコール入ってんじゃ、、、」
「おい、聞けよ。本当に、なんにも言わねえんだよ、あのボウズ。
前の嫁さんが苦労してたことや、俺が死んだことになっていたことも。そりゃそうだよな、もともと俺は死んだ人間なんだし。
でもよ、全部自分で背負っちゃいましたみたいな一人前の顔してて、、まだ15歳のガキのくせにさ、実の父親に気ぃ遣いやがってよ。よそよそしいのも大概にしろってんだ。」
ここまで一気にしゃべり終えると、友人は唇を噛んで、俯いてしまった。
「おい、どうした?」
「俺は、ダメな男だ、、、、、、」
と、絞り出すように言った後、声を震わせ、
「あいつ、俺のことずっと、、、、山内さんって、名字で呼ぶんだぜ。」
「・・・・・」
「一度だけ、おとうさん、、って言い掛けて、必死に飲み込んじまってやんの。てめえのオヤジなのに。」
「うん。。。」
「どうして、お前の親父なんだし、呼んでもいいんだって言ってやれなかったんだろ、、本当にダメな男だ、俺は、、、ワリィ、ちょっと泣くわ、、、、ふ、、ぐぅううう、、」
メガネの縁に溜まっていた滂沱の涙が、ほほを伝い、顎の先からテーブルに落ちて、ぐっと握った両拳の間に小さな水面を作っていた。
「なんだ、似たもの同士じゃないか。そんなん口に出さなくったって、親子だよ。」とおしぼりを差し出す私に、
「・・・・そう、そうなんだけど・・・」と言った切り、客でごった返す店内の喧騒だけが、私と友人の間に流れていた。
しばらくして落ち着いた友人は、顔を上げ、またいつもの調子に戻っていた。
「あの日の夜、前の嫁から電話が掛ってきて、ま、スマホのお礼というより、文句みたいなもんだったけど。」
「ははは。勝手なことするなって?」
「ご明察。でよ、その日の夜に、あいつのスマホ勝手に見たんだとさ。そしたら、電話帳に登録されているのまだ2件しかなくて、嫁の携帯と、俺の番号な。」
「いくら母親でも、そらマナー違反だ。」
「そうだ。けどよ、電話帳に、なんて書いてあったと思う?」
「うん?」
「あのよ、お母さんとお父さんだってよ。」
「そうか、、、良かったな、、」
「ワリィ、俺、もう一回泣くぞ。」
「許す。許すけど、今すぐ、さっきのおしぼり返せ!」
といい年こいた大の大人が二人、しばしの間、仲良く顔におしぼりを当てた後、真っ赤にした目で会計をすませていたという。
別れ際、ツレから頼まれたのは、「俺とあいつのランクルの画像データ、送ってくれ。」とのこと。
きっと、息子にメールを出す為の口実にする気だ。
今まで頼まれなかったのが不思議なぐらいだったので、喜んで添付してやった。
あの日以来、2歳から止まっていた13年分の時間は、桜の蕾が薄桃色に膨らむ頃、再び、15歳の少年が、この駅のロータリーに胸を張って降り立つ日へと続いていく。
誇らしげな表情は父親へとまっすぐに向けられ、スマホと合格通知をその手にしっかりと握りしめて。