彼女がつけたブラックマーク 【セリカ編】 その16 | FlyingVのブログ 『 so far so good 』

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男女、家族、そして友人達との様々な人間模様を書き記した記事が中心です。
みんカラから移転したものや創作したものを掲載しています。

月曜、とてもハワイに行ったとは思えないほど、色白の彼女は、出社早々、社長から始まってお偉いさん方に順番にお土産を渡して回っていた。
マカダミアンナッツチョコレートを受け取ったバーコード部長は、
「おお、ありがと。婚前旅行なら、これ食べながら、お土産話が聞きたいなぁ。できれば、こう、しっぽりとしたやつ。なあ、V。でも、そんなことしたら、お前、鼻血止まんなくなるか、ガハハハハ。」と週末考えてきたであろう朝一セクハラをぶちかまし、僕までも巻き添いにした。
「そのようなお話をお望みでしたら、東スポでもどうぞ。」
と、そっけなくいなした彼女は、PCに向かい、溜まったメールを片っ端から処理していった。

「ね、私が居ない間、何してた?」
彼女が戻ったことで慌しく時間は過ぎ、間も無く昼休みにとなった頃、無人の自販機コーナーで一息ついていた僕に、彼女は話しかけてきた。
「もしかして、寂しくて泣いちゃったとか。」
「泣きましたね。お気楽すぎて。」
「なによそれ。V君のお土産も用意してきたんだけど、もうあげるのやめよっかな。」
「すいません、ください。で、ハワイはどうでした?」
「楽しかったよ。後で、あっちで撮って来た画像、見せてあげる。」
「ありがとうございます。」
と答えたものの、勿論、ウルトラ社交辞令だ。
誰が好き好んで、彼女と婚約者が仲むつまじくハワイを満喫しているところを見たがるのかと言いたくもなったが、水着もあると聞いて、男の悲しい性が反応した。

定時が過ぎ、おばちゃんたちが帰り、部長連中もさっさと居なくなったのを見計らって、彼女は、USBをノートPCに繋いで、マウスを何度か動かした後、ディスプレイを僕に向けた。
そこには、真っ青な空、白く泡立つ海、そして黒いビキニを纏った彼女が映し出されていた。
青い空も広い海のどれも僕の興味を引くことはない。だが、彼女は文句なしのスタイルだった。
彼女は僕のコメントを今か今かと待ち構えている。
「へえ、すごい綺麗ですね。」
「でしょ。」と楽しげに、次の画像をクリックすると背中を向けて砂浜を駆け出そうとする彼女がいた。
次々に画像が送られ、スキューバをするシーン、オーシャンビューが広がるホテルのベランダ、夕焼けが差し込むラウンジ、クルーザーでのカクテルパーティだったりと、ハワイ観光の絵葉書かと思うぐらい、絵になっていたのだ。
「あ、これはね、アメリカの、有名投資会社の社長の船で、この人、フォーブスの常連なんだって。」
彼女のツボをついたナレーションも意外と楽しい。
「これで最後ね。」と空港での画像が閉じられ、ハワイのスライドショーは終わった。
だが、婚約者の写っている画像が一枚もないのに気がついた。
「あれ、彼氏は?これじゃあ、めぞん一刻の惣一郎さんみたいじゃない?」
「ふふ、見せてもいいけど、V君、いいの?」
どうやら僕に気を遣ってくれたようだったが、何よりもファインダーの向こう側の、僕の知らない表情を浮かべて笑い掛ける彼女の視線が、一体誰に向けられているものなのか、その事実は残酷過ぎるほど、僕の胸に突き刺さってくるのだった。

「ほら、行くよ。そんなの明日でいいから。」
PCを畳んで帰り支度をした彼女は、問答無用に喫茶バチカンへと僕を連れ出した。
「毎週一回はここに来ないと落ち着かないのよね。」と言ってソファに腰掛け、適当に雑誌をめくる彼女。
「いらっしゃい。」僕達が席に着くタイミングを見計らって、お冷を持ってきたマスターは、
「あれ、久しぶりじゃない?」しげしげと彼女を眺めながら、伝票を取り出した。
「先週、ハワイに行ってきたんです。」と彼女。
「いいなぁ。オジサン、てっきり会社辞めちゃったんじゃないかって心配してたんだよ。もう一人のナオちゃんだっけ?こっちのおニイちゃんと先週来てくれた時、思わず、聞いちゃうところだったよ。」
「働いてますからご心配なく。あ、アイスカプチーノお願いします。」
「僕も同じのを。」と言うや否や、彼女は、身を乗り出してきた。
「ふ~ん、ナオちゃんとお茶したんだ。」
その途端、胸がトクンと鳴った。
唇を尖らせての上目遣いは、僕を非難しているようでもあり、軽蔑しているようにも見える。
「別に内緒にしていくつもりはなかったんだけどさ。」
とは言いつつも、あのことだけは、絶対に内緒にしておなくてはならない。
「へえ、続けて。」
膝を組み、冷ややかな視線を向けながら、尋問モードへと突入していく彼女。
「お茶した後、カラオケに行った。」
どんなに問い詰められようと、答えられるのは、そこまでだ。
「カラオケね、ふ~ん。V君、あまり得意じゃないって言ってたよね。」
「そうだけどさ、折角誘ってくれたんだし、悪いと思って。」
問い詰められる僕を、マスターがカウンターの向こう側から、目を輝かせて見ている。
くそっ、まんまとしてやられた。
「楽しかった?」
「まあ、それなりに。シビックも運転させてもらったし。」
「良かったね。」とどこまでもぶっきらぼうな彼女。
「一体、何が言いたいの?」
はっきりしない彼女の態度に、僕は少しイライラし始めていた。
「ナオちゃんから何か聞いた?」
「特にないけど。」
「ふ~ん、そう。」
どうやら、僕とナオちゃんがどうかなっていることよりも、何か自分について言われていることのほうを気にしているようだった。

ニコチンと焙煎が染み付いた店内の空気が、僕の彼女の間に重く沈底していく。
会話も弾まない上に、地下鉄もそろそろ混みあう時間帯だ。
伝票を手に取ろうとした時、
「ここ出よっか。」と切り出したのは彼女のほうだった。
僕は、そそくさと席を立つ彼女の後を追った。

その駐車場で、「乗って。」とセリカを指差す彼女。
「今から?一体どこに??」
強引なところはいつもどおりながら、ナオちゃんのことを口にしてからというもの、雰囲気がおかしい。
「まず乗って。それから決めよ。」
そう言って首を傾けながら、ニコリと口角を上げた。
壮絶に可愛いが、明らかにいつもの様子ではない。
まるで、僕を完全に支配下におき、主人が誰なのかはっきりさせておくために振舞っているふうに思えた。古代ペルシアのクセルクセスと無産階級の関係がそうだったように。

言われるがまま、セリカのナビシートに体を入れようとする僕に、
「違う、そっちじゃない。」と言って、彼女はセリカのキーを投げた。
セルを回すと、一瞬のクランキングの後、3S-Gの雑味がかった高めのアイドリングが響く車内。
小径ハンドルを回して、スーパーストラットの重い切り替えしに成功し、僕は駐車場からセリカを出した。

(続く)