飛ばないワンは 唯のONE☆彡

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8月下旬の月の出に散歩中、手撮り。

 

9月初めには少し秋風が吹き、日暮れには虫の音を聴きましたがまた猛暑が戻り「もうしょうしょう」続くようです。

4月中旬の佐倉チューリップフェアと、香取神宮参拝に続けて、鹿島神宮参拝ドライブをしました。紀元660年創建で、家康も関ヶ原の戦勝の祝いに本殿を寄贈して今は奥の院になっています。

東関の制限速度120km+αで突っ走り、近付いている認知症に逆らえました。

 

 

鹿島は戦国時代の剣聖 塚原卜伝が育ち、16歳から武芸修行の

廻国と戦で一度も刀傷を負ったことがなく帰省し、鹿島の塚原城主を努め1571年に83歳を全うしています。

逸話ですが、炉端で不意打ちをした宮本武蔵の剣を老年の卜伝が左手で持上げた鍋蓋で止めて、同時に右手の箸で鍋の熱汁を武蔵の目に飛ばして、武蔵に「まいった!」と言わせたそうです。

 

寂しい里山にある卜伝と奥方の墓所には、一車線の細道がジグザグ続き難渋しました。

 

道の駅で新玄米10㎏と珍しいバターナッツを買い、東関を高速で縫って帰りました。

今日は敗戦記念日。

13日朝にお墓参りをして、日没後に迎え火を焚いた。

三番瀬沿いを散歩していて日没直前の夕焼けで対岸のマリンスタジアム横の白いホテルが真っ赤に輝いていた。

 

早朝からセミの鳴き声がうるさく、多いので手採りできる程だ。

 

14日はお盆中日でも混んでいた上野公園の東京国立博物館に行った。本命は「神護寺1200年至宝特別展」それから東洋間の東寺講堂立体曼荼羅と空海の祈り」、最後に本館に入って17時の閉館まで滞在。日本史の和気清麻呂から、神護寺の空海、その後に北面の武士だったが女性問題から出家して、共に伊豆流罪の頼朝に平家打倒の決起促し、神護寺の中興の祖となった文覚上人が年代で縦につながり、大満足した。

写真は唯一撮影許可の神護寺楼門に安置されている二天王立像;

 

夕方の表慶館前に茂っていた紅白の百日紅(サルスベリ)

 

夜は昨夕にお招きした先祖とLEO の霊に枝豆と缶ビールで接した。本来ならば今日15日が17歳の誕生日であった。合掌。

昨日、愛犬 LEO が息を引き取った。

あと2週間で17歳の誕生日であったが・・・。

人間であれば90歳近いのでよく生きてくれた。

昨夕は腕に抱いて寝付かせることなくて、オキシトシンの交換ができなかったためか。夜半に COPD の痰が絡んだ咳が激しく、いつもは朝7時まで寝ているのに LEO に「こちらに来て!」と呼ばれているようで、4時に起きだしてLEO のハウスが置いてある居間に座った。

今日はカミさんも遺品整理をしていた。写真は想いのこもった、防寒コートとブーツ。

 

まだ元気だったころの、眩しい門塀の上で、ミモザをバックに;

 

そんな訳で、昨日予約していた自分の膝関節の整形外科は延期。

外は猛暑続きで、パリ2024オリンピックの報道も熱い。