飛ばないワンは 唯のONE☆彡

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2月8日 今年2回目の積雪があった。寒暖の激しい2月である。今日は最高気温予報が15℃、明日は18℃であるが、その2日後は12℃となっている。

 

11日(水)父親の命日に合わせて帰省した。航空便はもちろんリムジンバスから予約支払いがネットになっていて、戸惑っている。

12日(木)高校の同期生の月例昼食会に出席。懐かしき友たち!

13日(金)朝から城山に登り、一周。梅が満開。

昔、親父がおごってくれた鍋焼きうどんを食べてから、墓じまいはしたが永大供養をお願いしている菩提寺に参拝し、住職と会話。

14日(土)城山と市内で対比の総合公園に歩いて登り、数百本ある椿園の斜面を下りたが、椿はまだ数少なかった。帰途に好物の牡蠣フライを買えた。

15日(日)体調不良。朝は鼻水が出ていて、昼頃から咳が激しくなったので花粉症を疑った。夜に咳の発作が激しかった。

16日(月)インフルエンザB型かもと朝7時半に緊急指定病院に行き、抗原検査を受けた。約30分で結果が出て、コロナ、インフルA/Bの3種とも陰性。しかし待っている間に酸素濃度が88%になっていたので、基礎疾患のCOPDの増悪かもとX線撮影をされた。

左胸底に白い影があり、5日分の抗生物質などを処方された。
17日(火)昼食後に大正時代に建築されたフレンチ・ルネッサンスの萬翠荘を訪れて、全室を丁寧に見学した。若き頃はこのような家を建て住みたいと思ったこともある。

庭の池のほとりに句碑があり、今の自分の心を詠んでいると感じた。

  なつかしき 父の故郷 月もよし

 

18日(水)帰宅。飛行機は揺れたが、景色は良かった。

左翼下は伊豆大島、遠景は富士山。

 

翌日から管理組合の長期計画大規模修繕に応募してきた業者の現地調査に立ち会っている。

COPDの症状は残念ながら、改善できず。

1月もあっと言う間に過ぎてしまった。

昨年末に電話で会話した普段から元気な親友が、翌日、心臓の異変で急逝していたとご身内から後日に知らされ、驚いた。

2月に入り大学の同期会から、6名もの逝去をメールで知らされた。

今季は寒暖の差が激しく、高齢者にはストレスが大きい。

 

裏庭の甘夏柑を採取するかと調べたら、2個が小鳥に見事に中身を食べられていた。小鳥の被害は初めてである。鳥の数が増加して、いつもの餌が少ないのか?カボチャだったらロウソク立てに使えた。

 

蠟梅の花も蕾が膨らみ楽しみにしていたが、開花直後に全て蜜を取るためについばまれ、落下してしまった。

 

税務を1月早々に始めたおかげで、早く税理士に引き渡せ青色申告をお願いできた。税理士も遅くなると忙しい。

 

聴取しているケーブルテレビの契約継続の見直しで、現在の4Kチューナーを新しいのに交換すれば月々の支払いが安くなるとのことで、そうすると現在接続している4TBのUSBメモリーディスクに録画している数百の番組が消えるとのこと!

大規模電気店で検討すると、録画を残すためには4K対応のブルーレイディスクデッキを購入して、内容をコピーする必要があるが、その機材は33万円だそう!!メーカーの指示で本体の値引きをできないが電気店の努力で、Wi-Fiの契約会社を変えると6万円値引き、さらにスマホを変えると数万とか・・・・・。

コピーする手間も数百時間を要するだろうし、思案中。

 

4日真昼に大きな交差点の信号赤色で停車中に右から歩道に走り込んできた自転車が左から右折していた自動車にはねられて自分の車の前バンパーに倒れ込んで顔面打撲・出血の事故に巻き込まれた。すぐに降りて負傷者の移動、救急車、警察等の手配をした。

自車に被害はないと思っていたら、警察に提供したドライブモニターの記録から、夕刻に警察署に呼び出され、記録映像が被害者が倒れた瞬間に揺れているので当たっていると被害者調書を取られ、バンパーの小さな傷も加害者の保険で修理できると告げられた。この25日に11年目の車検を予約しているのでその時に処理の予定。
 

来週は帰省して、高校の健在同期生の定例昼食会に出席し、現状報告(生存表明)などの予定。

日時の過ぎるは早い!

12月は特に早い。師走と言われる所以だ。

 

10日に上野の西洋美術館へオルセー美術館の印象派展を観に行った。すでに複数回、観たことのある名画が多くて懐かしかった。

現地で複製画を買って帰り、額装してピアノ横の壁に飾ってあるルノアールのピアノを弾く姉妹の原画も来ていて、写真可でうれしかった。

 

我家のピアノは娘たちが習っていたが、嫁いで家を出て孫の面倒で生かせられていない。自分は中高学校が男子受験校だったので、楽器を弾けないのが残念だ。音符は読むのが苦手!

 

先週は九段下の病院で半年毎の術後検診を早朝にすませ、九段坂を上の靖国神社まで歩いただけで息切れがした。ベンチで休憩してから中の刀剣甲冑からの武具や、明治以後の日本が外国と戦った記録、戦死者の遺品・遺書のある博物館「遊就館」へ入った。

戦闘機「零戦」や艦上爆撃機「彗星」(写真)、ロケット特攻機「桜花」、人間魚雷「回天」などもちろん興味があったが、時間をかけられるのはこれが最後かも、死を覚悟して出征・出撃された16,7歳から子持ちの方々まで無数の遺書の一部も精読した。

 

休み休み4時間弱見学してから、ゼロ戦を展示しているロビーのカフェで明治神宮41年の海軍割烹レセピーを忠実に再現したカレーを、遅い昼食に窓の外の特攻勇士之像を眺めながら味わった。

 

現在も終わらないウクライナやパレスチナのガザが戦禍にあっている。自分がその立場だったらどうしただろうか?当事者になったら戦争反対では済まされない。パイロットを卒業した今に自分ができることは何か考えた。

 

年賀葉書は昨年から止めているが、年下の旧友の訃報が届いたので喪中見舞いに家族に電話をした。旧友は元気に活動し、夕方家族と明るく会話をしたのに夜に突然亡くなったそうだ。他人事とは思えない。冥福を祈る。