21歳で統合失調症になり
外にも出れない僕でしたが
42歳の時『特効薬と巡り愛』
これまでの時間を取り戻すかの様に目標としている🌙🌃本出版に向けて発信しています

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ぼくには、今仕事がある。
統合失調症を持つ障がい者だが仕事をしている。


ぼくが、働き続けてからこの秋で丸7年になる。
働き始めてからも色々と問題があり仕事を辞めざるを得ない状況も何度かあった。


障がいを持つ者が働き続けるということは、けっこう難しいと思われる。
実際に、ぼくの周りには働いていない障がい者がたくさんいる。


もちろん、障がい者自身の甘えもあるだろう。
しかし、環境的な問題も多々あると考える。


社会の受け皿が、障がいを持つ者を拒む要素もあるのだ。
このことを踏まえて、今日のブログ記事を読んで頂きたい。





さて、ぼくが7年くらいも同じ職場に定着できたのはひとえにあるNPOのおかけがとても大きい。
そのNPOは、通称アントレという。


正式名称は、『障がい者就労移行支援NPOワークスアントレ』という。
ぼくは、このNPOがなければおそらく社会人として世の中に出ることもなかっただろう。


アントレさんのおかげで人かどの社会人となって働き続けることができている。
ぼくにとっては、命の恩人のような存在である。


このアントレに通所していたころに1人の男の子と知り合った。
その男の子が宮本くんである。


宮本くんも、ぼくと同じく精神に障がいを持っていた。
暴走族あがりの男の子だった。


年は30歳くらいだった。
ぼくよりもずいぶんと歳下なので男の子と言わせてもらう。


この宮本くんはアントレに通所していたが、途中で挫折してしまった。
社会に出て働きたかったろうに、挫折してしまった。


たぶん、就職活動のプレッシャーに潰されてしまったのだろう。
アントレに通所中に精神科の病院に入院してしまった。


そして、入院してからしばらく経過して病院で他界したとの訃報が届いたのだった。
入院してから3ヶ月くらいだったと記憶している。


おそらく自殺だったのだ。


アントレに通所していた頃には、宮本くんは看護師を目指していた。
ろくに読み書きもできなかったが看護師を目指して懸命になって小学生の解く問題集で勉強していた。


宮本くんの悲しそうな目は、印象的であった。
悲しい目をしてニコニコと笑うのだった。


障がい者にとって働くということの意味を、もう一度考えずにいられない。


命を落とすくらいならば働かないほうが良いのかもしれない。


しかし、障がい者が働くことには自他ともに大きなメリットが多いのも確かである。
働き続けることによって自信と収入が得られるからだ。


宮本くんの命日は6月2日だった。
9年前のこの時期である。


宮本くんのことを思い出すときには、いつもぼくは宮本くんの分まで頑張って働き続けていこうと決意を新たにする。


何を失っても仕事だけは、続けていきたい。