2009年7月27日入学。
その日からPPLの授業が朝8時から夕方5時まで毎日ありました。
7月生は現地の人が誰もいないという奇妙なメンバーでしたが、
少人数(14人)でのスタートということで、
分からないところは自分は特に授業終わってから教官を捕まえていました。
毎日帰ってからも宿題や復習に終われ、
寝るのも次の日になってからというのが普通でした。
というのも、
10日後にはその2教科のテストが控えていたし、
1つ落としていくごとに自分の首を絞めていくことを4月生を見ていたためです(・_・;)
英語での授業のため100%理解しているとは言い難く、
日本人教官を探しにいくの日も多かったです。
PPLの筆記試験はまだその時学校の一室を使って、
試験管が来てマークシートにマークしていく形でしたので、
結果が出るのも1週間は待ちました。
テストの結果が気になるのはもちろんなんですが、
テストが終わった次の日には新しい教科の授業が入ってきたので、
またなりふりかまわず勉強しないといけない毎日のままでした。
次のテストを受ける前の日に結果が出たりするなど、
悲鳴の連続でした。
入学後1ヶ月はその繰り返しであっという間でした。
土日も毎日机に向かうばかりでまだ車をもってなかったのもありますが、
どこかに行くことは全くありませんでした(^_^;)
そして、そういう世界に足を踏み入れたんだなと思い、
そのまま事業用の授業へと進んで行きました。
全員のスケジュールは全く同じではなく、
PPLの試験を落とした人はそれを受かるための勉強など、
教官がアレンジしてくれた日程へと変わり、
前のように日本人の同期全員揃って授業という形はなくなってしまったのですが、
自分は事業用へとレベルアップした授業を受けることで忙しさがなくなることは全くありませんでした。
しかし、
PPLの学科を全て1回で乗り越えることができたのは、
その時の自分の自信にもなり、
その気持ちのまま事業用の授業へ入ることができたのは良かったです!