声を出す自分が実父から受けた性的虐待の事を書こうとして、うまく書けなくて挫折して、でもやっぱり声を出したくてトライして、また挫折してを繰り返してきました。前より文章も下手になってしまったけれど、今日の気持ちを残したくて投稿します。独り言です。卵巣嚢腫ができてしまった。体は毒出しして頑張ってくれてる。でも、めっちゃ悔しいな。声を出すべきだし、出したいんだろうと思う。苦しむのはやめた。休息をとり、また動く。
ブログ再開長く更新が止まってしまっていました。しかし自分が受けた虐待を無かったことにしたくないという思いから、またブログを再開することにしました。再び虐待の内容や父親の事を書いていきたいと思います。よろしくお願いいたします。
母へのDV自分自身への虐待以外にも 父親の母へのDVを見て育ったのは今でも大きな傷となっています。 母へのDVはかなり激しいものでした。 苛烈なモラハラに暴力、母へのイジメに加担することを強要されることもありました。 母への 発言はひどいもので、 「お前は必要とされていないイラン人」 「殺すのも嫌やから目の前から溶けて消えてくれへんかな」 「お前は何言われても何にも感じへんもんな」 という人格や存在を完全に否定するような発言が当たり前でした。 母本人への暴言の他にも、私に母への不信感を植え付ける発言を常にしていました。 「あいつ(母)は変なやつやからな」 「あいつは子供のことをまったく愛してない」 「あいつ信じたらあかんで、俺がどんな目にあったか」 などと日ごろからさんざん言われていました。 父は自分で「おかあを信じちゃいけないよ♪」という節をつけた歌を作って、いつもそれを聞かされていました。今でもそれが耳に残っています。