悪夢、という程ではないけれど、どうにも心臓がざわめく夢ばかりみる。
夢の中で動悸が激しくなって苦しくなると、ああもうじき目覚めるのだな、と思う。
浮上、するような感覚で目が覚める。
いっそのこと、『艶やかで儚く、残酷で透明な悪夢』でもみたいものだなあ。
「夢十夜」は、抜粋の数行を読んだだけでなぜか泣いてしまった小説です。
言葉選びの美しさに絶望させられた。
とは言え、極上文學の夢十夜の廣瀬さんの美しさには泣いたよね。
大にゃんは私の希望です。←
金平糖が食べたいなあ。
大にゃんが食べていて可愛かったから。
ふと思うのだけれど。
ナナとレンみたいに、隣に居ると口癖や口調が移ってしまうようなことがあるのかな。
そんな気はしないけれど、文面でもひらがなの活用とか、似てしまったのかな。
どちらかがどちらかに似せたとかではなくて、もしくは奪ったとかではなくて、なんて言うのか分からないけれど。
私を好きだと言ってくる人を目の前にすると、この人はいつ私のことを好きではないことに気付くのだろうと思ってしまいます。
好きだと思っているだけなのに。
いつ気付くのだろう。と。
だから、好きだと言われると、少しわらって、「そう」としか言えなくなる。
そう。それで?
といったような。
どうしてそんな顔をするの?
と言われれば、
だってあなた、私のこと好きじゃないじゃない。笑
とわらってしまうから、よくない。
よくないけれど、仕方がない。
だって、好きだと言ってくる人よりも先に、好かれていないことに私が気付いてしまっているのだもの。
一番、は更新されるものだから、何かの言葉の初めにつけられる「一番」に感情が動いたりしない。
言い訳みたいに、その「一番」の前に「今は」という言葉をつける人が好き。
それなら、今は好きってことにしよう、となるかも知れないけれど、それじゃあ、いずれ好きじゃなくなるのだから今の好意も無かったことにしてしまいましょうよ。なんて。
今日は恋の短篇集を読んで、とてもたのしかったから少し浮かれている。
恋なんて、楽しくないよね。
たのしんでしまってもよい人と、浮気がしたいな。
電子的な夜が好き。