朝顔の花も、もうすぐ2025年のフィナーレを迎えつつあります。今年の夏は本当にえげつない暑さでありまして、その中で、けなげに咲こうと一生懸命に闘った庭の植物達には敬意と感謝を申し上げます。


夏の間、ほぼ毎日の水やりは大変だったけれど、これも綺麗な花を咲かしてもらうためには、必要な義務でした。


猫を飼っていた時も、エサや猫砂の買い出しや、毎日のエサやり、清潔な猫砂の準備と便のお掃除も大変でしたが、それも、猫の可愛い仕草(ポーズ)を見たり、猫の可愛い鳴き声を聞かしてもらうためには、必要な義務でしたね。


さて、だんだんと9月も中旬を越えると、本当に秋らしくなってきましたね。


秋モードと言えば、私的にはクラシックギターの音楽を聴きたくなるのも、ごく自然なことです。

とりわけ、タレガの「アルハンブラの思い出」を、楽譜を見ながら「youtube」で聴くのは、私の現在の娯楽の一つですね。


ところで、現在の私はどうやって、このクラシックギターの名曲を拝聴しているのか、ご想像できますか。


楽譜のメロディ部(高音部)と伴奏部(低音部)を、別々に分けて、それぞれのドレミ音名を確認しながら、聴いているのです。


つまり、楽譜のメロディ部のドレミ音を確認しながら聴く時と、楽譜の伴奏部のドレミ音を確認しながら聴く時の、二つのパターンで、すなわち2回拝聴いたします。


例えば、youtubeで、ギタリストの林祥太郎さんが奏でる「アルハンブラの思い出」を拝聴する時に、一回目は、メロディ部のドレミ音を意識して追いながら聴き、二回目は、伴奏部のドレミ音を意識して追いながら聴いているのです。


この「アルハンブラの思い出」という曲は、メロディ部も伴奏部も、私には、かなり独立した別々の歌のように感じられ、それらが同時に並列的に歌われているように思われるからです。


通常は、伴奏部はあまり目立たないで、メロディ部を陰でサポートするようなイメージがあるのですが、この「アルハンブラの思い出」という曲は、そういう従来のイメージではとらえられないような独特の並列的歌曲表現法のように思えるのです。


ですから、私のような二種類の鑑賞方法も、可能なのです。

つまりは、いろいろな演奏家がこの名曲を演奏されている間、視聴者が、発音されたクラシックギターの音が淀みなく流れ続いていくのを、映像を見ながら漫然と聴いているだけでは、もったいないのです。


その代わり、私のようなこだわりを持って聴こうとする視聴者は、楽譜を見ながらドレミ音を追いながら視聴するわけですから、けっこう忙しいですよ。感動している暇はありません。


それでも、「アルハンブラの思い出」という名曲を鑑賞する方法として、とても面白い趣向だと思います。爆笑びっくり口笛