ホッピングは大阪発? | FLYBAR『フライバー 』公式ブログ

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フライバーはご存知『ホッピング』の21世紀進化モデルです。
ホッピングは『ポゴスティック』がオリジナルです。そのポゴスティックとフライバーを日本国内に普及させるためのブログです。

 
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フライバーのブログを出したことは実はまだあまり知り合いには知らせていないのですが、知らせた友人がおもしろい情報を仕入れてくれました。


 『スプリングの付いた一本足の鉄製の飛び杖を利用して、両手でハンドルを握り、両足のバランスをとりながらピョンピョン飛び上がる、至って簡単な遊び。もともとアメリカの美容体操用具「ポゴスティック」をおもちゃ化したもの。夏頃に大阪で売れ始め、暮れには全国にブームが拡大。足を地面につけず何十回飛べるか競い合った。しかし、翌年春頃には長時間跳び続けて胃下垂や足の骨膜炎を訴える子供が続出し「ホッピングは過激な遊びである」と社会問題化し、夏頃にはブームは沈下した。ちなみに器具の値段は、幼稚園児用580円から大人用980円まで6段階』


 だんだん見えてきました。それは1956年蒸し暑い大阪の夏に突如として現れたホッピング。当時の580円は決して安くはありません。


 都市勤労者世帯の月平均収入が30776円である。因みに平成5年、1993年は570545円という数字が出ている。GNPが9兆6710億円でまだ10兆円にも達していない。たばこのピース10本入りが40円で20本入りのハイライトが出たのは1960年になってからである。


 580円から980円の値段設定というのは実に考えられてルナと関心する。この価格設定を見て、また、体格に応じて6段階に分けたことといい、この商品は間違いなく国産品である。それもライセンス生産などという格好のいいものではなく、まさに『ポゴスティック』のパクリである。
 GHQはもちろん1952年に廃止しているが、日米安保条約がGHQの廃止と同時に発効されて米軍基地は日本全土に残ることになる。
 その当時、本国アメリカでは、ポゴスティックは美容体操用具、今でいうフィットネス商品としても定着していたに違いない。日本勤務の米兵や将校、その家族がポゴスティックを携えて日本に来ていたはずである。ひょっとしたらPXあたりで売っていたのかもしれない。
 そのアメリカ発のポゴスティックを大阪商人が見つけて、どこかの鉄工所で作らせた。最初は地元で売ってみたら、ことの他売れた。何しろ、子供が飛びついた。スプリングの硬さを換えるだけで大人だって楽しむことができる。全国に広がるのは時間の問題だった。
 ブームとはそう長続きしないからブームなのである。大阪発のホッピングブームは1957年の夏を境に急激に萎んでいく。
 
 もちろんここに書いたことはわたしの想像です。しかし誰かが間違いなく1956年に仕掛けたのだ。
それは大阪でなければいけなかったのだろうか。謎がひとつ解けて、謎がひとつ増えた。