1.9(3)最終章(完)

 

<3つの目標は達成されたのか?>

日本に帰国すると、ピンク色に染まった夕焼けの空がとてもきれいでした。

 

以前の記事、1.4(2)TSA指紋登録 | 自家用操縦士訓練物語~超怖がりな私が空を飛んだ日(My PPL Training Days) (ameblo.jp)で、私はこの飛行訓練を始める前に3つの目標を立てたと書きましたが、目標は達成されたのでしょうか?

 

1つ目は、どんな時も冷静でいること(私はすぐにあたふたするし繊細で心折れやすいので、それを克服したかった)。

~まだまだ「冷静」なんてほど遠く、心折れることも面食らうことも多々あります。最近でいうと、玄関のドアを開けたら上からヤモリが降ってきて、心臓が止まるかと思いました。でも、自分がどういう人間なのかに対する理解が深まったので、人生の様々な局面で「動じない心と態度」を作ろうという気持ちを持つことができる場面が格段に増えました。これからもいろいろな経験を経て、より多くの人の心の痛みを少しずつ理解できるようになって、それに対して自分はどういう人間でいたいかを考えることができるようになって、少しでもその姿に近い行動ができたらそれでいいのかなと思います。

 

2つ目は、マルチタスクができる人になる(一つのことに集中する方が楽なので、いつでも意識を分散させて咄嗟のことに備えられる人になりたかった)。

~どうかなあ・・・マルチタスクをどう定義するかによって変わってくると思います。例えば、「上昇しながら旋回してATCに応答しながら外部のスキャンニングをして計器を見て水平姿勢に戻すタイミングを計る」みたいなことはある程度できるようになったけど、こういうことは何度も繰り返す訓練や同じような状況に遭遇することによって自動的にできるようになるので、マルチタスクってそんなことを意味するのかなあ・・・違うと思います。

 

この問題については、まだまだ勉強が足りません。マルチタスクって何なのかについて、もう少し深く理解する必要がありますね。連邦航空局(FAA)のハンドブックに「航空教官のためのハンドブック」があります。そこで取り上げられているのですが、結局、マルチタスクはそういうこと(上記)だと捉えられがちだけど、それは違うと。人間の脳は同時に2つのことを処理できないし、耳も左右で同時に違うものを聞いて理解できない。つまり、マルチタスクとは、複数のタスクに優先順位を付けることであると書いてありました。と同時に、タスクに優先順位をつけることで、後回しにしたタスクを後で忘れてしまう危険性もあるとのこと。ん~~~なるほど・・・ということは、適切な優先順位をつけて、一つのタスクから別のタスクへの切替を早くしないといけないっていうことですよね。これが「マルチタスク」の正体じゃないかなあ?

 

つまり、感傷に浸っている時間はない・・・とも言える。そういえば、飛行中、パイロットの人は感傷に浸る暇なく仕事しているのではないでしょうか。わからんけど・・・実際、ド素人の私の飛行訓練も、操縦を放り出さない限り(最初の頃、ありましたねガーン)、感傷に浸ったことはなかったかも。私の場合は、少なくとも、意識の分散の必要性が心の中に芽生えたので、日々、それを意識して行動する場面は増えたのではないかと思います。

 

「航空教官のためのハンドブック」:AIH Chapter 3: The Learning Process (faa.gov) ←これ、メッチャ面白そうです。この対訳ノートも作りたくなった・・・

 

3つ目は、英語でATCをちゃんと一人でできるようになること(ATCをスラスラ言えたらカッコいいし、不得意なリスニングとスピーキングを上手くなりたかった)。

~一応、PPLに合格できるだけのATCはできたことになるんですが、もっと、ネイティブスピーカーのようにスラスラと言えるようになりたいし、ATCは状況と文言がセットなので、学ぶ内容が新しくなれば、それに応じて新しい勉強が必要になるわけで、PPLの範囲に限って達成ということでしょうか。でも、自分では全然満足していません。

 

というわけで、達成したのかしなかったのかよくわからない内容になってしまいました。

 

<PPLの訓練はその後の私の人生にどんな意味をもたらしたのか?>

「意味」なんてもんじゃないです。人生が劇的に変わったという感覚です。それは、小さな家から大きな家に住めるようになったとか、ほしいものは何でも呪文を唱えると目の前に出てくるようになったとか、そういうことではありません。

 

一方、「ものすごく良い思い出ができた」とか、その程度のものでもありません。ある人から「人の集まりで自己紹介するときのネタにはなるね」と言われたことがありますが、それは全く違います。

 

今まで見たことのなかった世界を見たこと、しかも、それは大好きな飛行機の世界で大好きなことをする中で、泣いたり笑ったりしながら成長していくというインパクトを経験したということなんです。旅先で壮大な風景に出会った時のインパクトに似ているかもしれません。「結果はどのようなものでも受け入れよう、やれるだけのことをやったから、結果は天に委ねよう」という境地に立てたこともインパクトの一つです。

 

<飛行教官(CFI)という仕事>

これまでの記事の中で、認定飛行教官(CFI)という職業を初めて知ったということを何度か書かせていただきましたし、飛行訓練での訓練生の成長が教官との二人三脚であることは、このブログを最初から読んでくださっている方々にはご理解いただけたと思いますが、この経験も大きなインパクトの一つでした。

 

私が、偶然にも「飛ぶ楽しさを教えてくれる教官」に出会えたことは本当に幸運なことでした。どんな世界にも、素晴らしいと思える人と思えない人がいる中で、このご縁は私にとって本当に大切なインパクトです。もし私の訓練に関わってくださった教官の方々のCFIとして基本的な目標が「訓練生に飛ぶ楽しさを教える」ということであれば、その方々の目標は100%(以上)達成されたわけです。

 

そして、世の中に目を移せば、これは飛行訓練に限ったことでもないでしょうし、飛行教官との出会いに限ったことでもないと思います。人は人との出会いや別れの中で、喜び、慈しみ、悲しみ、怒りなどを経験して成長していくのではないでしょうか。それを想えば、苦い思い出が「清水」に変わる日が来るのだと思います。

 

<夢を叶えたい人、それを手伝うと言う人>

パイロットに限らず、「夢を叶えよう」みたいなキャッチフレーズでビジネスを宣伝しているのを時々見かけます。夢を持つことや夢に向かって進んでいくことはとても大事なことだと思いますが、それをお金の対象としてしか位置付けていない人には注意をする必要があると思います。社会経験を積んだ年齢の人が、まだ社会というものを知らない若者に対して、その「夢」を逆手に取るのは、更に良いことではないですよね。

 

私の個人的な意見ですが、夢に臨む際に重要なことは「熱い心と冷めた頭」の両方ではないかと思います。「君の夢を叶えるお手伝いをさせて」っていう甘い言葉には特に要注意だと思います。自分以外の人の夢を叶えるお手伝いって、そんなに簡単なことではないからです。その一方で、真の人間愛を以って自分を応援するために見守ってくれる人との出会いに感謝できることも大切だと思います。

 

<フィナーレ>

アメリカの空を初めて飛んでから長い年月が経ちました。数年後の計器飛行証明の訓練もやって良かったです。その後も相変わらずいろいろなことが起きますし、依然として間が抜けている私ですが、今でも、あの時、米国で空を飛べて良かったと思っています。お金も家も宝石もステータスもお墓に持っていくことはできないけど、この数か月間で空を飛んだ体験の中から得られたインパクトや成長は、私の心と共に持っていくことができると確信しています。

 

米国の他にも、旅客機だけでない様々な飛行形態を有する航空大国があると聞きました。いつかそんな空を飛んで、私の大好きな「ため息が出るほど壮大な景色」を空から見たいなと思っています。

 

「人生」という名の冒険はまだまだ続きます。

 

追伸

最後まで読んでくださってありがとうございました。毎日のように「いいね」をくださった方々もいらっしゃって、見守ってもらっているようでとっても嬉しかったです。このズッコケブログが何かのインスピレーションになったら、それもまた嬉しいです😊

 

Fly High, Fly Free, Be the Bird You Are!(完)