1959年(第1回) - 戦後派意識の解明
1960年(第2回) - 独占資本主義社会におけるマゾヒズムとサディズムの意識
1961年(第3回) - 仮眠の季節における僕たちのあいさつ
1962年(第4回) - 故郷喪失の時代と僕ら
1963年(第5回) - 噛む時には言葉を考えるな
1964年(第6回) - ああ自然死-このナチュラルなもの
1965年(第7回) - 新しい歴史は僕らの手で せまりくる嵐のなか わだつみの声をのりこえて 真実を求め

            ともに考え前進しよう 真の学問文化を追求するなかで
1966年(第8回) - 青年よ その眸で真実を見よ
1967年(第9回) - のばそう大学に新しい芽を 築け展がれ人類の知恵 鳴らせ高らかに創造のつのぶえ

            おしよせる戦火の嵐ふきとばし 進め固めて反戦自由の道
1968年(第10回) - 思索から連帯へ!終章。 永訣の朝-B52。君たちの祖国70年6月23日 友よ 自己と

日本解放の日は近い
1969年(第11回) - みずからの手で 新しい大学の創造を 豊かな文化の創造を 京大からの真実の声を

そして連帯を 日本の夜明けめざして……
1970年(第12回) - 歴史の試練に応えんとする我ら 失うまい 奔流の中で科学者の目を!いつわりの孤高に

別れをつげ 人民の連帯の息吹をだきしめよう 君のその精悍の腕でがっしりと
1971年(第13回) - 闇を裂き 燃えあがる松明 凝視せよ! 今この時 虚飾にまみれた城郭は浮かびあがった

打ち砕け! 友よ湧きおこる怒りをこめて……
1972年(第14回) - 嵐を突き 燃え拡がる変革の炎 歴史に問んとする我ら 研ぎすませ!

理性の目 生きた思考 創ろう! 新しい大学そして科学
1973年(第15回) - 創造の火を! 連帯の輪を! 今こそ君が手に反戦・自由の歌
1974年(第16回) - 今、矛盾の中で叫びが―さて君はどうする 人間不在の危機的現実 その根源と背景
1975年(第17回) - 流れの中 動かざるものを求めて
1976年(第18回) - 燃やそう! 新しい文化の炎を 研ぎ澄まそう!若き知性を 学術文化の奔流よ築け!

若者の未来を!
1977年(第19回) - 明日に生きる我ら 未来を信じて突き進め 創れ 学生の心を 築け 学生の文化を
1978年(第20回) - 振りかえれ人類の歴史を みつめよう青年の未来を もどすな歴史の歯車 我らの

文化は我らの手で
1979年(第21回) - 今、新しい時代に立ち向かう仲間たちよ 数百年を内蔵する思想を持とうではないか
1980年(第22回) - 友よ! この変革のとき 時代の胎動に耳をすまし 共に奏でよう 希望の交響楽を
1981年(第23回) - 今、戦争と平和の対峙の時 80年代の行く手を示す羅針盤を我らの手に
1982年(第24回) - 草の根も 花も咲いたら ひざまずき ひろひとおがんで むせび泣く 人は昔にゃ戻れない

ピーピーヒャララ ピーヒャララ
1983年(第25回) - 万声一京 極祭色 騒がぬ民に 盛りなし
1984年(第26回) - 海を、荒れた海を見つめながら 彼女は呟いた 「わたしは誰?」
1985年(第27回) - もうすぐきっと冬になる 騒ぐんだったら 今のうち
1986年(第28回) - えっせん あーす げげっせん よんせん はっせん
1987年(第29回) - 白い乳房の上の11月祭
1988年(第30回) - 裏からのぞけば 見えてくる
1989年(第31回) - 堕落への誘い
1990年(第32回) - ……そして創造-草の根からのルネッサンス
1991年(第33回) - ヤルハ粋狂、 ヤラヌハ卑怯
1992年(第34回) - 人が右なら 私は左
1993年(第35回) - 花も実もある 根も葉もない
1994年(第36回) - 古今東西 有実無題 若気至りて無限大
1995年(第37回) - 我輩は京大生である 理性はもうない
1996年(第38回) - 知と痴の融合
1997年(第39回) - 狂うは一時の恥、狂わぬは一生の恥
1998年(第40回) - 堕落の道も一歩より
1999年(第41回) - 素晴らしき無駄なエネルギー
2000年(第42回) - 無人島ダンス
2001年(第43回) - それはそれ これはこれ
2002年(第44回) - 総長! 京都を占拠致しました!
2003年(第45回) - やっぱ京大やし。
2004年(第46回) - 倒れる時は前のめり
2005年(第47回) - せっかくだから
2006年(第48回) - 溢れる才能の無駄使い
2007年(第49回) - 満喫!モラトリアム。
2008年(第50回) - 単位より大切ななにかを求めて
2009年(第51回) - 失った常識のかわりに
2010年(第52回) - 仕分けできないムダがある

詠み人知らず↓ソースご存知の方是非ご一報を


1999年11月22日午後、航空自衛隊入間基地所属のT33型ジェット練習機が入間川河川敷に墜落しました。
その際、東京電力の高圧送電線を切断し、東京・埼玉の約80万世帯で停電となりました。
電線切断による停電は都市のもろさの再認識となり、マスコミの論調は私の知る限り「税金の無駄使い」的な、冷淡なものであったと思います。

ところが私の属する「フォーラム」で別な観点の紹介がありました。

当日のニュースステーションで(私は普段テレビをほとんど見ず、この番組も見ていませんが)
国際コンサルタントの岡本さんという人が出演しており事故のお詫びをする防衛庁長官の画像についてコメントを求められ、
「私の事務所でも停電のためにコンピュータが止まり、大いに迷惑はしているが、
今の報道を見ると、脱出用パラシュートも開かぬままとなっており、脱出のチャンスを失ってまで、住宅地への墜落を回避した可能性が高い。
であれば、パイロットの行為は人間の尊厳に満ちたものであり、にも関わらず、まず、この行為に対して、長官が哀悼の意を表しなかったとすれば、
ご遺族の方々は、何と思うだろうか、誠に遺憾である」
と語ったそうです。
(実際には防衛庁長官は会見で、亡くなったパイロットへの、哀悼の意を表したそうです。報道の編集作業の恐さですね。
報道には必ず「誤報」があります。意図したもの、せぬものがあるでしょう。しかしそれ以上に恐ろしいのは「編集」です。簡単には「強調」と「省略」です。)

パーチーを開催する自称「経営コンサル会社」がたくさんおられますが

どう考えても「パーチー屋さん」にしか見えません。


パーチー屋さんは「人脈を増やしましょう」と仰いますが

往々にして売り上げに繋がる縦の人脈が増える可能性は低いです。

「縦かな?」と思ったら「違うパーティーに呼ばれた」だけとか。


パーチー屋さんの目的は会費収入ですから参加者のメリットなんてどうでもよくて

ちょっとした講師を呼んで「マヂヤベー」とか言ってくれる人であれば誰でもいいし

結果が出なくても困らないわけです。


&「ツ○ッターとかフ○イスブ○クとかでマーケティング」とか言ってる

自称「経営コンサル会社」もたくさんおられますがどう考えても

「コーチ屋さん(競馬とかの)」にしか見えません。


この手のコーチ屋さんに限って数ヶ月前は「ブログでマーケティング」とか言ってたりします。

キーワードに乗っかる方法をコーチしてといえば確かにその通り。


コーチ屋さんの目的は会費収入ですから参加者のメリットなんてどうでもよくて

ちょっとした講師を呼んで「<イイネ>ってスゲー」とか言ってくれる人であれば

誰でもいいし結果が出なくても困らないわけです。


パーチーに参加してる参加者全員がベンチャーの経営者じゃ単なる飲み会ですし

保険屋さんとかがウジャウジャいるような交流会に出てもなまじ名刺交換してるので

セールスの電話に出るのががめんどくさいだけです。


ツ○ッターとかフ○イスブ○クが商売に有効なのは現実世界で既に名が通っていることが大前提。

知らん会社とか知らん経営者をフォローする人は皆無ですよね。

そもそもつぶやく暇のあるベンチャーの経営者てどうなの。

というか孫さんクラスになって初めて効果ありと感じる次第。です。


なんて 命がけで言いたい放題言ってみたり。