桐生悠々を偲ぶ・・・という記事が今朝の新聞の社説欄に載った。中日新聞を通じてこの桐生さんを知ってからずいぶんになるが中日新聞の購読者でよかったなぁ、と思う瞬間である。

 

もはや新聞って何?の世界が広がっているが、文字のおもしろさはやはり耐えられないほどおもしろい。メディアが進化し、(進歩だとはおもってないので)紙媒体は、もはや風前のともしびで、教科書もデジタル化するようだし、医学書もQRコードで動画やWEBとリンク、わかったようでわかってない感じがこれからも続いていくのだろう。

 

この桐生さんは、第二次世界大戦が起きそうなころに新聞を通じてさまざまな言論を通じて、「あぶねぇ~このままじゃ」と警鐘を鳴らし続けた人。警鐘慣らし続けたから、中央からは意図として外され地方に飛ばされた。

 

しかし、なおその筆を折ることはなく、今度は自分でメディアを開き、発信し続けた。きっとメインストリ-ムでダメなら、自分のやり方で貫くんだ、というそういうお気持ちだったのだと思う。

 

「覚悟なき言論」とはこの社説を読む限り、これまで抑えられてきたGDP比1%であった防衛費が近年、2%への増額が議論されていることを指しているようだと論じられている。他、集団的自衛権の行使の容認など専守防衛を逸脱する内容のことが書かれ、この国がそろっとそっちに行きそうだ、これは桐生さんが昔に言っておられたわが国の危機に相当する話だ、と。

 

桐生さんは新聞記者の言論の自由が抑えられていた戦時中に、真実を伝えようと国民に対してペンで戦っていたわけで、これは今、私たちが日々過ごす、この日常にもあることに誰もが立ち向かっていないから、新聞記者のみんな!がんばれ!って言っているようにも思う。

 

だから、マイノリティでもあきらめない勇気を桐生さんからいだだいている。

 

目を閉じてじっくり自分の呼吸に耳を澄まして、子どもたちに本当に大切なことって何のか、もう一回、自分自身に聴いてみて欲しい。

 

誰のため、何のためにこの仕事をしているのか、という問いに。