私自身、自己愛はあるのですが、それは母親が自分を産んでくれて育ててくれた身体といった意識で自分の精神面については常に否定的です。

毎日、自分はなぜこんなにも馬鹿で生きている価値のない人間なのだろう、(それなのに自分の好きな事で生きさせてもらっているので)自分の為じゃなく人の為に一生を捧げる様な人生を送った方が良いのじゃないと常に問いかけています。


初めての自傷行為(とこれが言えるのかわからないけど)は小学生の高学年に自分の髪の毛を抜く行為からはじまりました。その頃はなにのストレスなのかわからないけど、毎日お腹も痛くなりお昼は保健室で過ごしていました。
(いじめを受けてた訳でもなく、自分でも気付かず抜いて剥げ散らかしていたので心配して親が心療内科へ連れて行ってくれた記憶はあります)

その後中学でいじめを受けるのですがそのときには特になにも自傷行為は現れませんでした。



小中学生の頃は人と衝突する事も多くカーッとなると頭に血が上り手の先の血の気が引いて体の感覚が無くなってしまう事が多かったのですが、
高校一年生の頃父親とけんかした後もその状態になり、その感情の矛先を変える為にピアスをあけたら血の気が引いたので、それ以降人と衝突するたびにピアスをあけて気持ちを落ち着かせていました。
当時一番ピアスの穴が多かったときは両耳や口に全部で20個以上あったと思います。
この当時自分でも少しおかしいとは思いながらも、取り立てて問題視するものでもないと思い流していました。


そして高校2年から徐々にリストカットがはじまり、20歳を過ぎるとアルコールとリストカットがセットになりました。
この頃から、自己評価がとても低くなり、自分はどうしようもない人間で、生きている価値がない、でも自殺をしても家族に迷惑がかかると思い込む事が多くなりました。
この当時は躁鬱が激しく、鬱から躁へ変わる時期が特にこんな思いでいっぱいでした。
「死ねば良い」と独り言で家でも外でもぶつぶつ言いながら歩いていたので、本当に不審者のようだったと思います。

リストカットは結局23歳まで続いたのですが、どうやって辞めたのかあまり記憶にありません。
無性にしたいときに腕をかじったり、いっぱい針を刺したりして気を紛らわせてた様な気がします。

人と会える状態でないときの私は全く理論的ではなく、理性もコントロールできない事が多いので人との会話に冷静に対処する事が出来ません。
なので、思ってもいない事を言ってしまったり、無責任に約束をして人を傷つけ信頼を失いたくないので家からでないように極力しています。

自己評価が低く、自己否定も激しいので、異性から体を求められる事にも現実逃避と自傷行為の様な感覚を与えてもらえるので、進んで性行に関わる方へと進んでいってしまいます。

もちろん自傷行為もアルコールも性行為もふと一瞬の落ち着ける時期に自己嫌悪でまた自己否定、自傷行為へのきっかけとなってしまい負の連鎖が起こってしまいます。

客観的に見ると本当に駄目人間で面倒なやつだと思うのですが、本人は毎日生きていくのもどうしてこんなに難しいのか、なぜこんなに生き辛いのだろうか、少しでも改善できる方法はないのかいつも考えているのです。