2025年の年末、南カリフォルニアの砂漠地帯にある瞑想センター「ダンマ・ヴァッダナ(Dhamma Vaddhana)」での10泊11日の瞑想合宿の体験。これまで長々と綴ってきたが、もう少し書きたい事がある。
まずは、この貴重な合宿に参加できたことにとても感謝している。
私が最初にヴィパッサナーに興味を惹かれた理由は。「この瞑想であらゆる問題が解決し、すべての苦しみから解放される」という教えだ。一体どうすればそんなことが可能なのか。コースを通じて私なりに学んだことをまとめてみる。
このコース中、参加者の心に最も残る言葉は「アニッチャ(無常)」だろう。 ヴィパッサナー瞑想の実践では、頭のてっぺんから足の先まで、そして足の先から頭のてっぺんへと、順番に全身の感覚を客観的に観察していく「ボディスキャン」を行う。
自分の身体感覚に意識を向け、ただひたすら観察する。頻繁に意識は逸れる。しかし、逸れたことに気づき、また淡々と観察に戻る。その繰り返しの中で、自分の心の癖を自覚するようになった。
瞑想で、自己観察を続けることで、感覚は常に変化していること、精神も肉体も変容し続けていて、すべてが無常であることを「知識」としてではなく「体感」として理解できるようになるという。私自身はまだその入り口に立ったばかりだが、無常の真理を身体で理解する感覚をつかみかけていると思う。
他人が私を苦しめる、病気が私を苦しめるとそう思うだろうが、実際は苦しみとは、自分がどう反応するかにある。目の前にある苦しみに反応しなければ苦しみは起きない。嫌なものを拒絶し、好きなものに執着するのをやめる。
この反応を「サンカーラ」と呼ぶ。
反応は、次の順に起こる
①最初に接触がある。接触とは、体で感じる痛みや快感や、見た事、聞いた話をさす
②次に評価。 接触で起きた事を心が、良い・快適、悪い・不快と瞬時に判断する
③評価に対して反応が起きる。快適=もっと欲しいという渇望・不快=嫌い、嫌悪
この反応を繰り返すことで心に執着が生まれ、それがストレス(苦しみ)となる。指導者であるゴエンカ氏は、この「反応に反応しないこと」の重要性を説く。例えば痛みが出たとき、不快だと嫌悪するのではなく、「これは単なる痛みであり、すぐに過ぎ去る(アニッチャ)」として、感覚が消えていく様子をただ観察するのだ。
瞑想中、私はよく過去の失敗や諦めた記憶を思い出し、不快な感覚に襲われた。先生に「これもサンカーラでしょうか?」と尋ねると、「そうかもしれないが、そんなことは気にしなくていい」と一喝された。反応に反応しない訓練をしているのだから、湧き上がる思考に囚われないのが一番の近道なのだろう。
苦しみのない人生を送るには、ただ反応せず、観察すること。心を常に穏やかに保ち、良いことも悪いこともすべて、現象に過ぎないと認識すればいい。
痛みや苦しみを、テレビドラマを見ているように客観視できれば、振り回されることはなくなる。 実際、私も瞑想中に体の痛みを観察し続けていると、不思議なことに数分でその痛みが消えていく経験を何度もした。
ヴィパッサナーを続けることで、自分の心や体の外側で起きている感覚に敏感になれる。あらゆる出来事に反射的に反応していた自分に気づくこと。それが変化の第一歩なのだ。
合宿後、ゴエンカ氏は「1日2回、各1時間の瞑想」を推奨している。 合宿から3ヶ月が経った今、正直に言えば、最初の1ヶ月は本気で早朝と夜に1時間ずつ続けていたが、次第に自分を甘やかすようになり、現在は1日1回30分から1時間ほどに落ち着いている。
それでも、生活の中での「気づき」は確実に深まった。 特に怒りやイライラを感じたとき、「あ、いま私、怒っているな」と客観視できるようになる事が多い。また、気づきを意識しようと決めたので、周囲の景色も以前より鮮やかに感じる。空の青さや木々の葉の色が、以前より新鮮に目に映るようになった。
この合宿を通じて、確実に自分が少しずつ変わり始めているのを日々実感している。
チャンスがあれば、ぜひまたこの厳しい合宿へ戻りたいと思っている。