2025年の年末。南カリフォルニアの砂漠地帯にある瞑想センター「ダンマ・ヴァッダナ(Dhamma Vaddhana)」の体験記。

 

合宿4日目の午後から、ついに本番である「ヴィパッサナー瞑想」が始まる。
これは約2500年前にブッダが広めたとされる、「あるがままの自分」を観察して苦しみを取り除く技法。気づきの瞑想とも呼ばれ、瞑想を通し、身体の感覚や思考を客観的に観察することで、無常を体で理解し、それが心の汚れを浄化し、真理を洞察していく。

 

これまでのアーナパーナが鼻周りの呼吸に集中するのに対し、ヴィパッサナーは頭の頂上から足の先まで、全身の感覚(熱さ、痛み、痺れなど)を順番にスキャンするように観察する。動きがあるおかげで、これまでの猛烈な眠気がかなり解消された。

 

頭の頂点から少しずつ、髪の毛が触れる感覚、エアコンの風、衣服が皮膚に当たる感触などを丁寧に辿っていく。生真面目な私は、初日、4〜5cm刻みで全身を感じ取ろうとして「これじゃ1時間の瞑想じゃ終わらない!」と焦った。後に先生に相談すると、「そんなに細かくしなくて大丈夫ですよ」と笑われた。

 

そんな初日の夜、不思議なことが起きた。
ゴエンカ氏の講話ビデオの後、全員で瞑想をしていた時、突然、座っていたはずの柔らかい座布団が、ゴツゴツした硬い岩のような感触に変わり、お尻が痛くて座っていられなくなった。

 

翌日、その体験を先生に話すと、なぜか「あら、できているじゃない」と笑顔で返された。あの岩のような感覚は間違いではなかったようだ。不思議なことに、その感覚はその一度きりだった。

 

5日目頃から「アディッターナ(強い決意の瞑想)」が始まった。
アディッターナとは、1時間、目を開けず、手足も動かさず、一切姿勢を変えないで行う瞑想。最初は苦痛だったが、数回たつと動かずに1時間をやり遂げることができるようになった。

 

瞑想の終わりにはいつも、ゴエンカ氏のチャンティング(歌のような読経)がはじまる。
初めて聞いた時は少し奇妙な感じだったが、毎日聴くうちに、例の「脳内のおしゃべりな奴」が歌を覚えてしまい、一人で静かに瞑想すると、頭の中でその歌が流れ始める。

 

ヴィパッサナーで身体の表面を感じる方法は、時にとても心地よい。皮膚の上を電気や風が流れるような感覚が起き、普段意識しない足の裏の隅々にまで、血液が巡るのを感じる。

しかし瞑想をしている時に感じる、気持ちよさ、痛さ、不快な感覚をとらわれない事が、大切だとゴエンカ氏は言っている。

それについては、後で書いてみる。

 

続く