自尊心や自負心というものが世間では残念ながらずいぶん売り込まれている。
自尊心とは常に誰かより少し上でありたいと思うこと。残念な事に私たちの教育制度は、幼稚園からこのように作られている。
自尊心とは常に誰かより、上でありたい、1番になりたいと思う事。そうすると幸せを感じるのは他の皆があなたより劣っている時だけだということになる。いったいどんな人生なんだ。なぜこのような仕組みの中で生きるのか?
皆の不調によって素晴らしい気分になれるなんて。それは不健全だと思う。あなた方は皆が上手くいかなければ、私が一番だから素晴らしい気分になるのだ。これは変えるべきだ。
みな幼い頃から「一番になりなさい」と刷り込まれている。これが他の生き物だったらどうだろうか。植物や虫、動物などだったら。アリが像になりたくてもなれない。
私たちは上等なもの、下等なもの、上下関係を刷り込まれ、人生の様々な側面に注意を払う機会を逃してきた。
バッタなどの小さい虫でもよく見ると人間と同じぐらい細かい配慮が施されているのがわかる。創造の源は、アリにも人間にも平等に気を配って創っている。アリは下等な生物で人間は高等な存在だと思うのは思い上がりだろう。なぜそのように判断するのか?創造の源はそんな事は決めていない。
この地球を我が物顔で闊歩する人間が優れていると思うかもしれないが、それは間違えだ。
現実はこうだ。今この地球からミミズが全くいなくなったら、12か月から18か月で地球上の全ての生命が絶えるだろう。でももし人類が皆死んだら、地球は栄えるだろう。私たちは、いい肥料になるだろうから。
だから人類が最も尊い存在だと言えない。人間が宇宙の中心であるという発想は愚かな考えだ。宇宙では太陽系さえも小さな点に過ぎない。そして地球は更に小さい粒だ。しかしそこには自尊心が強いとても大きな人間が生きている。
人はこの自尊心の問題を抱えたまま生きている。実際ほとんどの人に当てはまることだ。思考過程や感情が上手く扱えない状態に自分自身を置いている。それだけなのだ。
50歳、60歳になっても自分の考えや感情をどう処理したらいいか未だにわからない。これは基本的な能力だ。いったい何歳になったら、思考と感情の使い方を習得するのだ?
20代で、指がうまく使えなければ障害者と言われる。いくつになっても思考や感情が上手く扱えなかったら、それも障害者ではないか?
思考や感情を上手く使えないのは、あなたが物事を不必要に分けて考えるからだ。人間の頭の中にのみ存在する仕切りだ。
子供達には、何事も見上げず、何事も見下げないようにと教育するといい。
ありのままの物を見れば大きな価値が生まれる。何事もありのままにとらえれば全ての物に計り知れない価値があると分かる。誰にでも自分の生きる場所と人生の価値があるだろう。
全ての生き物には、価値がある。私たちはそのことに気づかない為、この世でどれだけのものを破壊してきたのか。単に、これは大切で、これは無価値だと決めるからだ。この世に価値のない物は無い。すべての物に価値がある。
あなたにはそれが見えていないかもしれない。だから自分対自分以外の世界と自分を追い込み悲しい意味での競争に陥らないようにするといい。
もし、あなたが地球上で一番だったら、地球は最悪の場所だろう。皆が下で自分だけ上にいる。居心地がいいか?
人より秀でようとする姿勢は改めるべきだ。人生は競争でもレースでもない。人間として生まれてきた事は人類に与えられた非常に大きな特権だ。それはこの地球上のどの生物よりも大きい規模で人生を経験できることを意味する。それが人間の素晴らしさだ。
アリやバッタや他の生物が経験する生涯よりもっと鮮やかに人生を経験することが可能なのだ。自尊心は必要がない。
参照 サドグル
