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ネタバレあり
「君たちはどう生きるかについての覚書」
これは「君たちはどう生きるか」と僕たちに問いかけてくるものではなくて、この問いかけに対してかつて少年だった宮崎が人生の最後に「僕はこう生きました」と答えるもの。人生の宿題というかな。それに答えている。
物語の最後に出てくる大叔父様が宮崎なんじゃないかという読みを見たけれど、僕は違うと思う。あれは宮崎自身が大叔父様から問いかけられているんだ。あの大叔父様は『君たちはどう生きるか』の著者である吉野源三郎でもあり、あるいは宮崎が尊敬してやまない宮沢賢治でもあり…そんな印象を受けた。
宮崎作品はしばしば道徳的あるいはメッセージ的に読まれる。少年少女の手本としてあるいは環境保護の教科書としての宮崎作品。現代の吉野源三郎あるいは宮沢賢治としての宮崎駿。
だけど賢治のようには生きられないって宮崎は常々言っている。「農民芸術」を訴えて自らもそのように生きた賢治。彼の思い描く理想郷イーハトーブに相応しい生き方。それに対して自らは自然の大切さを訴えながら東京でアニメを作っている。
「自分にはそんな資格ないんです」って、「自ら(と自らの仲間)を傷つける生き方をしてきた自分にはそんな資格ないんです」って彼は答えてる。理想郷を築く資格なんてなくて、醜悪なものたちとも友達なんだって。僕はこんな生き方をしてきました。そういう風に答えてる。
…と僕は読んだ。
