最近、さくらみこの過去配信をずーっと見ていて、頭の中から彼女の声がするようになった。
去年もVtuberに関してはチラっと書いたけれど、実際ハマってみて思ったのは、とくにホロライブは想像以上にAKBに近いということ。所属メンバーの数の多さ、それぞれのパーソナリティの違い、期生ごとに分かれるスタイル、仲良し同士で作られるユニット、そうして紡がれていく関係性の物語など、少なくとも僕にとっては同じような楽しみ方ができる。
それどころか、(いまや実質廃部状態の)AKBゲーム部を応援し、人狼きっかけでNMBに流れた身としては、ずっと求めていたものがここにあるような気さえしている。
ゲーム配信のひとつの利点は、コンテンツの質を部分的に外部に預けられるということ。古今東西の名作や最良のクリエイターが作った最新のゲームを自分のコンテンツとして利用できる。あとは自分自身の魅力と配信技術にかかっている。
その上、大人数で出来るゲームはいくらでもある。マリカー、Apex、Among us…同じ出来事を異なる視点(枠)から眺めることで、その出来事は立体的なものになっていく。視点を変えて何度も楽しむことができる。
Minecraftでさくらみこが不知火建設に参加した時の過去配信を見ると涙が出そうになる。リアルタイムで物語が生成されていく。ああ、これはすごいなあ…って。
【両視点編集】不知火建設に誘われてめちゃくちゃ喜ぶみこちまとめ【さくらみこ/不知火フレア/尾丸ポルカ】
Vtuberでは容姿や年齢といった属性をめぐる対立はある程度において無効化される。だって、当の本人が素顔も年齢も公開してないんだから。配信している人もコメしてる人も顔も見えないし年齢も分からない。みんな同じ。それで良い。だから僕は、さくらみこの現実世界での姿とか全然気にならない。それは裏を返せば、自分の年齢や容姿を気にしなくても済むということ。
もうひとつフラットな関係性を生み出しているのは、メインのコンテンツが他ならぬゲーム配信であるということ。見ている方も同じゲームの経験をしていることは多いし、配信者より上手いことだってしばしばある。プレイヤー同士という本質的にフラットな関係性がここには横たわっている。
その一方で、(一部)ホロライブのメンバーなんかはライブをしたりMVを作ったり、「アイドル活動」もしている。声は自分自身のものだし、モーションキャプチャーだから日々磨いたダンススキルなんかもそこでは披露される。
こういう風に考えていくと、僕が求めているもの、ずーっとこうあって欲しいと願っていたことって、ほとんどここに備わっている。残ったのは劇場でのレスくらいかね。
【 #ホロライブ大運動会2021 】ホロライブ集結‼秋のマイクラ運動会🏳 - 主催者視点【Minecraft/さくらみこ】