いま思うこと(アイドルとVtuber) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

「アイドルとVtuber」

 

 最近、少しだけ分かったことがある。いや、今ごろVtuberが分かったってのもどうなんだって話だけれど、日々勉強だからね←

 元来、2次元キャラクターは2次元の物語世界に住まうものだ。たとえば悟空はドラゴンボール世界の住人だ。ところがVtuberはキャラクターとしての小さな物語(設定)は持っているけれど、物語世界には束縛されていない。2次元のキャラクター性を物語世界から切り離して、そのまま現実世界に持ってこれてしまう。だからアイドルのようにバラエティ番組をやることだってできる。

 Vtuberでは嘘はフィクションとしてキャラクター性の内に回収される。たとえ中の人に彼氏がいても、キャラクターとしては「居ません」と言ってしまうことは全然可能だ。それは嘘ではなく物語(設定)になる。生身の人間が持つ諸々の欲望はキャラクター性の仮面の中に隠してしまうことができる。もちろん、ある程度はイメージを意識するのだろうけれど、同時にある程度において生身の身体とキャラクターとを切り離してしまうことができる。

 こうなると既存のアイドルは敵わない。SNS時代のアイドルは、TV時代と違って幻想を維持できない。その近さは武器だけれど、それがまた同時に弱さでもある。幻想を維持するという点に関して、そして、自らの心をガードするという点に関して、生身の身体とファンとの間に2次元のキャラクター性を挟むVtuberには決して勝てないだろう(もちろん、Vtuberだって傷つくことは絶対にあるだろうけれど)。

 SNS時代のアイドルはすべてを生身の身体で受け止めなければならない。48はとくに、原則として本名と芸名を一致させる方向でやってきたからなおさらだ。ありのままの姿を見せること、それが48の戦略だった。これはある程度は成功した。人としてのファンとの結び付きの強さは、かつてのアイドルとは比較にならないほど強い。生身の身体で向き合うからこそ感動が生まれることもある。

 だけど、やっぱり生身の人間は弱い。容姿のことや身体の些細な変化に対して投げかけられる言葉、対面で直接に投げかけられる言葉。傷ついてしまうことも、すり減ってしまうこともあるだろう。現実は物語のように甘くはない。うまく行かないことだってある。人間だから欲望に負けてしまうことだってあるし、諦めてしまうことだってきっとある。

 そうしていつしか、嘘が蔓延していく。欲望に負けてしまったことから背を向けるために、諦めてしまったことを気づかれないように。自分の利益のために嘘をつく。その嘘は(Vtuberとは異なり)キャラクター性には回収されず、人としての付き合いの中に「不信」という楔を打ち込むものとして繁殖していく。欲望に負けても着いていく奴はいるだろう。でも嘘はコミュニティを崩壊させてしまう。

 

 だから僕は、この嘘を根絶やしにすることでしか48は生きられないと思う。それが理想論だってことも分かってる。