決算!忠臣蔵(3.0) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

決算!忠臣蔵

監督:中村義洋

概要
 忠臣蔵で知られる大石内蔵助が記した決算書を基に、討入り計画の実像に迫る山本博文の著作を実写映画化。予算内で討入りを成し遂げようとする家老と勘定方の奮闘を描く。大石を『孤高のメス』などの堤真一、大石を支え続ける勘定方をお笑いコンビ「ナインティナイン」の岡村隆史が演じる。『殿、利息でござる!』などの中村義洋がメガホンを取った。(シネマトゥデイより)

感想
 この手のものはジャンルとして定着してきた感がある昨今。ひとつ気がかりなのは、監督の中村義洋氏。『ジェネラル・ルージュの凱旋』と『殿、利息でござる!』は良かったけれど、それ以外はもう…目も当てられない出来だった。

 果たして、これはどうだろう…

 と、始まって5秒で絶望的な気分になる。

 へったくそ!

 まず、冒頭に出てくる蕎麦が江戸時代のそれに見えない。その時点で観客を江戸時代に連れて行くことに失敗している。

 それから、ナレーション。なんだそのエセ関西弁は。誰かと思ったら石原さとみさん。『進撃』とか『シン・ゴジ』の時にも感じたけれど、あの人、自分の中にない言葉を言うときにやたらクセが強くなるよね。それが「味」になる時もあるけれど、これはどうもなってない。彼女が演じる瑤泉院の絵面はわりと悪くなかったけれど。

 キャストで言えば、30代半ばで没した浅野内匠頭を50手前の阿部サダヲさんが演じるのも、明らかにミスキャスト。内蔵助をはじめとした家臣団との関係性(のイメージ)がそれによって変わってしまっている。阿部さんをキャスティングしたのは、『利息』との連続性を意識したのだろうけれど、その時点でこの映画の、歴史に対する…引いてはそこに生きていた人たちに対する「誠実さ」を疑わせた。

 まだまだある。

 夜の場面の照明が嘘くさい上に、全体の画作りが統一されていない。夜の照明は撮影所時代の画作りを彷彿とさせるのに、やたらと用いられる手持ちカメラはヌーヴェル・ヴァーグやアメリカン・ニューシネマを連想させる。

 僕は手持ちカメラを用いた画作りは嫌いじゃないけれど、それを用いる必然性は欲しい。藩がお取り潰しになった不安感をそれで表している…と思えなくもないけれど、やたらと差し込まれる「笑い」がそれを帳消しにしている。

 そもそも、「笑い」を主軸にしたこの企画と、「忠臣蔵」ってテーマが合ってないんじゃないの? 

 「笑い」が悲劇を強調するということはもちろんあるけれど、全体の中に有機的に絡んでいかないなら、その「笑い」はただ表層的なものになる。たとえ笑える場面があっても、それが物語を邪魔するなら、不愉快さの方が上回っていく。

 僕はあれ、全部いらないと思う。けれど、この映画「吉本」の肝いりだから、あれ外せないんでしょ? 次から次へと出てくる芸人…芸人…芸人…人が悪い意味で使う「アイドル映画」…あるいは「学芸会」と大差ない(僕自身はかつて、「アイドル映画」に可能性を見ていたけれど)。

 おまけに、劇伴がサイアク。ただうるさいだけの、まるでセンスの感じられない劇伴。この映画では、「笑い」も「音楽」も「ナレーション」も「カメラワーク」も映画の邪魔をすることしかしていない。だから、へたくそなんだ。この監督は。

 もちろん、悪いところばかりじゃない。中盤以降、「仇討ち」に向けて物語が一気にドライブする辺りの高揚感は割といい。ただ、その流れが最後まで続かず、結局は消化不良の感じで幕が降りる。

 これがなぜ消化不良に陥ったか。原作の本質である「決算」(=歴史の裏側)の部分で勝負できずに、表層的な「笑い」や「ドラマ性」で観客の興味を引こうとしたからだ。

 『決算!忠臣蔵』という題を見たときに、人は歴史の裏側にある見逃されてきた真実に光が当てられることを期待する。原作は未読だけれど、歴史学者の方が実際の「決算書」を基に、「史料から「忠臣蔵」の裏側に迫っていく」(wiki)本でしょ、これ?

 それをすべてエンターテイメント寄りに処理しようとするという、その発想が致命的にズレている。ハッキリ言ってしまえば、映画に向いてなかったんだよこの原作。NHKとか BSでやってる歴史系の番組で充分だった…というより、ソッチのほうがこの原作の良さを引き出せただろう。

☆☆☆(3.0)



映画『決算!忠臣蔵』予告90秒 11月22日(金)全国ロードショー