反転
いまの48は全てが逆転している。
思考停止の言葉。秋元康はいつもいつでも既存のものを「壊す」ことが正しいことだと思っている。彼がやっていることは、反転反転の連続だ。
アイドルが「特別な存在」だった時代に、「素人っぽさ」が売りのおニャン子を作る。「メディア依存」だったおニャン子の逆に「劇場中心」のAKBを立ち上げる。「個性主義」のAKBの逆をいって、「全体主義的」なSKEを立ち上げる。AKBの「下品さ」(それは必要な下品さだったのだけれど)の裏をいって、「上品」な乃木坂を立ち上げる。
「大人」の雰囲気を漂わせる(後期)乃木坂の逆をいって、「厨二病的」な世界観の欅坂を立ち上げる。「脱アイドル」を売りにしていた欅坂から、「王道アイドル路線」の日向坂を独立させる。総選挙を持ち「ポピュリズム」のAKBに対して、著名人が独断で選考する「選民思想」のラストアイドルを立ち上げる。「恋愛禁止」という体の48/46に対して、「恋愛OK」のSDN、さらにはコインロッカーズ…などなど。
裏、その裏、そのまた裏…と、自分が作ったものを次々と否定していくのが秋元康のやり方だ。彼は既存のグループに興味を持ち続けられず、すぐに飽きてしまう。次々と新しいグループを立ち上げて、当たればよし、当たらなくても(本人には)大してダメージはない。ぶつかっては方向が変わるチョロQみたいなもんで、そこに大して意味はないんだろう。既存のものの破壊が自己目的化している。
秋元康はいつもいつでもあの調子で「壊せ」と言う。だけど、当然のことながら、壊して上手くいく場合もあれば、そうじゃない場合もある。僕ら既存グループのファンは、やっぱり思い入れもあるわけで。そういう風に簡単には割り切れない。
たとえば、いつだかの大組閣。それが必要だった理由も分かるけれど、あそこで「チームC」(2代目高柳チームK2)が壊れてしまった。あれほど上手くいっていたチームは48史上でも珍しかったのに。秋元康の前では、あらゆるものが壊される。石も宝石も、草も花も関係なく。
たとえばSTU。あれほど上手くいっていたグループがあっという間に壊れてしまった。「わざと」アイドルに詳しくない外部の人間を演出に呼んで既存の公演を壊そうとした。でも、所詮はやる気のないアイドル素人の浅知恵。結局、壊れたのはSTUというブランドだけ。あれほど繊細で美しかったSTUが…ね。
僕は壊すべきでないものがあると思っている。温故知新、文化になるためには既存のものを否定しているだけじゃダメなんだ。サッカーを否定してラグビーが生まれた。でも、それじゃあサッカーは不要なものになったか? 答えはNoだ。ラグビーが生まれたあとも、サッカーを愛する人がそれを守り続け(時には改革を行い)いまでも多くの人々に愛されている。
僕は…48にはそういうグループであってほしいと願っている。いや…そう願っていた。