ファースト・マン
FIRST MAN
監督:デイミアン・チャゼル
概要
『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督とライアン・ゴズリングが再び組んだ伝記ドラマ。人類初の月面着陸に成功したアポロ11号の船長ニール・アームストロングの人生を描く。ジェイムズ・R・ハンセンの著書を『スポットライト 世紀のスクープ』などのジョシュ・シンガーが脚色した。共演は『蜘蛛の巣を払う女』などのクレア・フォイ、『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェイソン・クラークとカイル・チャンドラーら。(シネマトゥデイより)
感想
『アポロ11号を追いかけて』(pontiac moon, 1994)という作品がある。アポロ11号の月面着陸に合わせ、親子がポンティアック車で地上を旅する映画だ。物語映画において、いつだってアポロ11は背景に追いやられていた。あの映像は誰もが目にしたことがあるのに、それ自体はなぜだか主題にならなかった。
ニール・アームストロングは生きている時からすでに伝説だった。人間味溢れるバズとは違い、遥か彼方の遠い存在。この映画は、そんな彼の「ひとりの人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ」という有名な一節を、彼自身の「ひとりの人間にとっての小さな一歩」に引き戻そうとする。
冒頭、Xー15試験機による大気圏上層へのロケット飛行が描かれる。『ライトスタッフ』を連想させる空中映像と、『インターステラー』を彷彿とさせる機体各部に設置されたカメラの映像。この映画は、そうした様々な映画的風景を横断する。
ロケットの噴射により画面は激しく揺れ動き、機体は軋みを上げる。「宇宙」という言葉はどこかシュールだ。現実味がない。実際に宇宙に行くということはどういうことなのか。鉄の塊に乗って月に行くとはどういうことなのか。冒頭の映像はそうした皮膚感覚をこの映画に与える。
地上の映像では景色が一転する。淡々と描かれる日常、底流に流れる悲しみ。そこに何気なく映し出される月。その月は、CGのようにクリアなものではなく、朧(おぼろ)で、半分欠けていて、時には木々の影に隠れているような、僕らがいつも眺めている月…なんら特別なところのない、数多くの映画で映し出されてきた月だ。
この「月」を眺めた瞬間、僕は「この映画は勝負に勝った」と思えた。だって、この映画の主人公ニールは、僕らが見慣れているあの月に、実際に行った人物なんだ。そのことをまさにそこで実感する。この映画は、僕らの日常にある「あの月」と、非現実的な「月世界旅行」とを地続きのものにする。
出色なのは、アポロ11より、むしろジェミニ8号の場面だ。この映画は、観覧席から眺めた打ち上げシーンのような客観的な描写を極力に排除する。あくまでその時、ニールが眺めたであろう景色、彼の半径5mの内にカメラを設置する。ほとんど説明しないまま話が進むから、観客には不親切かもしれない。ロケットに乗り込もうとする時に、遠くから聞こえるカン、カン、カン…という金属音が、妙にリアルだ。
イグニッション…そして、リフトオフ! 画面が激しく揺れ動き、なにが何やらもう分からん。それでも、そんな中でニールたちは着々と手順をこなしていく。ああ…凄いな…。凄い人達だな…。どんな英雄的な描写よりも、そうした場面の沈着さこそが、彼らの凄さを物語る。
一方、アポロ11での月面の描写はややトーンダウン。別にCG臭さは全然ないのだけれど、なんだろう…モノとしての存在感…あるいはアウラ(オーラ)のようなものが感じられないと言うか。カメラというのは「何かを写す」というそれ自体の内に、なにか特別な力を備えている。その特別さがCGでは失われてしまう。
(追記:月面のシーンはオーストラリアの採石場でセットを組み撮影したらしいのだけれど、月面らしさを出すためにデジタル修正が加えられている→詳細記事)
そこさえ完璧ならば、あの地上を踏んだ足が、いまこの月を踏んでいるという、その特別さがより強調されたはずだ。他にも、出発前夜の描写がやや映画の感情の流れを断ち切るとか、細かいことを言おうと思えばいくらでも言える。でも、それらは正直、ほとんど問題じゃない。
これは、『アポロ13』のようにドラマティックな作品ではない。ここには「英雄」はいない。それでも、主観的でポエティック(詩的)で、そして、とても美しい映画だ。
☆☆☆☆☆(5.0)