十二人の死にたい子どもたち(3.5) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
十二人の死にたい子どもたち 
 
監督:堤幸彦
 
概要
 「天地明察」などの作家・冲方丁のサスペンスを、『トリック』シリーズなどの堤幸彦監督が映画化。集団安楽死をするため廃病院に集まった12人の少年少女が、死体を見つけたことで疑心暗鬼に陥る。キャストは『湯を沸かすほどの熱い愛』などの杉咲花、『OVER DRIVE』に出演した新田真剣佑と北村匠海、『プリンシパル~恋する私はヒロインですか?~』で共演した高杉真宙と黒島結菜ら。(シネマトゥデイより)
 
感想
 タイトルを聞いてまず思い出すのは、三谷幸喜の名作舞台『12人の優しい日本人』。(実際には、その元ネタである『12人の怒れる男』と、萩尾望都さんの『11人いる!』も入ってるかな)
 
 『12人の優しい日本人』は中原俊監督により映画化されている。会議室での会話だけで物語が展開する密室劇。自然、重要となるのは脚本と、それから役者の力だ。主演を努めた相島一之はこう振り返る。
 
「1ヶ月間リハーサルをして最終日にはまるで演劇のように頭から通した。それからクランクイン。しかもほぼ順撮りで撮影をした。それがいかに稀有な経験であったか、今あらためてそう思う。」
 
 あの作品を名作と呼び得るなら、それはこうして磨き上げられた演技の力がそこにあるからだ。
 
 翻って、『十二人の死にたい子どもたち』。こちらも基本的には閉鎖空間(病院)で物語が展開される。会議室のシーンや、最初に一人が反対意見を述べる辺りは、明らかに『12人の優しい日本人』を連想させる。脚本家も演劇畑の人だ。
 
 ただ、演じているのは若手俳優たち。それが良くも悪くもあった。7番(杉咲花)や1番(高杉真宙)は、その存在感も含めて高評価。ハシカン(橋本環奈)も勘所を押さえていて、経験値の高さを感じさせる。一方、2番(渕野右登)とか6番(黒島結菜)は、もう目も当てられない演技。とくに、顔芸が浮きまくっている6番に対しては、「顔で演技をしようとするな!」と、何度も口に出したくなった。
 
 この作品、「Yahoo!映画」で2.94(1月27日現在)という低評価を受けている。レビューを見ると「演技が下手」という意見が目立つのだけれど、全員が下手というより、こういう風に凸凹があるという感じ。上手いやつは上手いし、下手なやつは下手なままだし、役に合っているやつは合っているし、合ってないやつは合ってないままだ。演技の温度も揃っていない。はっきり言って、チームになってない。
 
 だから僕は聞きたい。これ、ちゃんとワークショップしたの?
 
 堤監督と言えば、つい数ヶ月前に『人魚の眠る家』が公開されたばかりだ。ちゃんとこの作品に時間をかけられたのだろうか。これだけ若手有望株を集めたのは良いとして、ちゃんとワークショップなりリハーサルなりする時間をかけられたのだろうか。
 
 僕は、かけられていないと思う。
 
 近年でも、青春映画の金字塔『ちはやふる 上の句』や大ヒットを飛ばした『カメラを止めるな!』では、ちゃんとワークショップを行っていた。そうして作られた一体感や自然なセリフ回しがこうした作品の磁力の源になっていた。ただただ右から左に作品を撮るだけでは、これらの作品は生まれて居なかった。
 
 この作品、『十二人の死にたい子どもたち』。物語としては、まあ面白いとは思う。ただ、自分語りに入るときのくだらなさはたまらない。それも結局のところ、俳優に力がないからだ。地味に12番(竹内愛紗)とかもムチャクチャヘタだった。一ヶ月なり数週間なり稽古を行って、全員の演技を揃える必要があったんじゃないか。
 
 こうした演技力の不足はまた、ラスト近くの説得力のなさにも結びついている。かの『12人の優しい日本人』は陪審員裁判の話だ。事件の真相を解明するという「理」の話が中心を占める。もちろん、そこには「情」も絡んでくるのだけれど、それはあくまでもスパイスだ。
 
 一方、この作品は12人それぞれの「情」の話が中心を占める。事件解明というミステリー要素もあるのだけれど、そうした「理」の部分は主従関係で言えば、従に属する。このことが、この作品の構造的な欠陥になっている。つまり、「理」なら12人全員が共有出来る。「理」とはそういうものだ。1+1=2。誰が見たってそれは同じだ。でも、「情」はそうじゃない。たとえば人に対する「好き嫌い」でも全員一致する方が珍しい。
 
 この作品もまた、『12人の優しい日本人』のように、ラスト近くで、あることに関する「評決」を取る。ただ、それはかの作品のように「理」の問題についてではなく、「情」の問題についてだ。そこで意見が一致するほうが変だと僕には思えた*。それまでの流れから、みながそういう結論を導き出すのは不自然にも思えた。
(*ただ、このモヤモヤはエピローグで一部回収はされていた)
 
 そういう不自然さに説得力をもたせるためにも、より演技の力が、チームの一体感が必要だったのではないか。舞台ではしばしば、理屈としてはケリがついていないけれど、感情的にはきちんとケリがついているという作品を見かける。そういう力がこの作品には欠けていた。
 
☆☆☆★(3.5)