「作られる歴史3」(ユイリスキー) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


「作られる歴史3」(ユイリスキー)

 歴史はあとから振り返って作られる。ぼくはいつも、「いま、ここ」に居る必然性を探している。

「ちゃんと自分の意志で僕と同じ景色を見てくれる子…こんな僕を必要としてくれる子…そういう子を探したいです」

 ぼくがくまの下を離れたのは、「同じ景色を見ていない」、そして、「もう自分は必要とされていない」と感じたからだった。この二つが、いま、「ゆいりー」(村山彩希)や「なーみん」(浅井七海)と言っている理由にもつながっている。
 
 推しを失ってAKBに戻ってきたとき、なんとなく見始めた「レッツゴー研究生!」公演。そこには、16期生と、この公演をプロデュースしたゆいりーが居た。全体のコンセプト、曲の選び方、その流れ。誰よりも公演のことを知り尽くした村山彩希にしか作れない公演だと思ったし、「この子は同じ景色を見ている」とも感じた。

 価値観とか感性とか、そういうものが似ているというのかな。「分かる…!」という感じ。同じものを見て、同じものを美しいと感じられる、それが僕にとって何より大事だった。ぼくは、ゆいりーのことも好きだけれど、それと同時に、彼女の作ったもの、彼女の見ているもの、彼女の感じ方も好きなんだ。

つづく