「3月20日のくま」
時折、すべてのことがとても簡単なことのように思える。時折、すべてのことがとても難しいことのように思える。
心の中に龍がいる。そんな気がする。
つもりつもっていく雪は、やがて永久氷土となり、心を不感症にしていく。龍は時折、そんな氷をマグマのようにぶち破って表に出る。そいつは僕に牙を剥く。腹が減ったと牙を剥く。ニセモノはいらないと牙を剥く。龍が去ったあとの大地には悍ましい蟲が蠢めく。不快な感情に心が蝕まれていく。
3月20日。外は雨。くまに会いにいく。
ぼくにとって、あの子はいったいなんなのだろうな…。あの子はぼくの天使で、あの子との思い出はぼくの宝物で。そんなクリシェが口をつく。最悪だ。なんの意味もない。列車は、すべての想いに無関心に、ただただ機械的に肉体を運んでいく。
名古屋。この場所は…ここへの道のりは、ぼくを饒舌にする。

映画館に行くように気軽に行ける距離だったら…だったらどうなんだろう。歩いても立ち止まっても後ろに戻ってさえも、時間軸上では身体は前にしか行かない。一秒また一秒と遠ざかっていく風景。困ったな…世界時計はいつ壊れたんだろう。ぼくはもう写真が撮れないや…。
席順抽選ではそこそこの順位。くまは基本フォーメーションでは上手側なのに、ぼくは何故だかいつも下手側に進んでしまう。一度した行動を繰り返す…その方がきっと安心なんだ。出来の悪いロボットみたい。運良く前から三列目が空いていた。最初にここに来たときと同じような席。
距離はすべてを支配する。近さは、フィギュア(姿形)をキャラクター(性格)へと変換する。さとかほが人気あるのも分かる。あの子は「釣る」というよりも、「私に釣られてください」って目をするんだ。釣られるより前に、こちらから釣られに行きたくなってしまう。マッチ売りの少女みたいだ。
「一般人と変わらん」なんて揶揄されることもある48。結局薬局、ふつうの人とはなにが違うのか。なにが彼女たちをアイドルにするのか…それは自らアイドルであらんとする覚悟じゃないか。彼女たちを見ていて、ふとそんなことを思った。その覚悟にこそ、ぼくは惹かれる。
今日のくまは…お気に入りの外ハネで、そして、なんだかとってもアホっぽい。むろん楽曲次第だけれど、このフェスティバル公演ではむしろ推奨される性質。これに限らず、ただひとつのことに没頭するようなアホさは人の心を打つもの。アホになれるということは、それ自体ひとつの才能だ。
近ごろのくまには、意識改革の痕跡も見られる。p4uイベント時のSR配信もそうだし、メールを時々昼間に(も)送るようになったのもそう。もともと定評のあったパフォーマンスでも、近ごろは「あなたを見てますよ」と示すために指差しなどを意識しているらしい。
その甲斐あってか、目と目があった気がしないでもない…お得意の「指ハート」をくれたような気がしないでもない…。その瞬間、見ることと見られることの関係が前景化する。ぼくはいったいどういう顔をしていたろう。また悲しい顔をしていたのかな。一緒にいても辛いだけなのに、それでも一緒にいたいなら、それはつまり「好き」ってことなんだ…真島太一のそんなセリフを思い出す。
こっちを見てくれたら、次は、こっちだけを見てくれ…と、強慾な龍が顔を覗かせる。もっと一緒に、もっと傍らに。その胃袋には際限がない。けれど、「みんなに楽しんでもらいたい」というくまの想いはちゃんと汲んであげたい…とも思う。
ねえ、くま? 成長したね。
お見送りの時、あの子は「また来てね♪」と言ってくれた。それはきっとテンプレート。でも、くまにそう言われれば、ぼくは単純だからまた来るんだ。くまが「CM選抜入りたい」と言えばゲームもやるし、「総選挙頑張りたい」と言えば投票だってする。いつだって、そうするんだ。まあ…それでも握手会には行かないんだけれどさ…。その差はいったいどこにあるんだろう。
帰り道。いつもの掛川。桜はまだ咲いていない。
ああ…bに会いたいな…