夜は短し讃歌 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


「夜は短し讃歌」

 原作が四季の話になっているのに対して、この映画は一晩のうちに四季を通り抜ける。まるで一年のような長い一夜。ぼくは、それだけで心が震えてしまう。これをどう説明したらいいのかな…。一晩が四季になっている、というそれだけで「素晴らしい!」と思えてしまう。

 「こういう圧縮された特別な時間というのはたしかにあるんだ」と説明することも出来るかも知れないし、あるいは「一晩が四季であるという、それ自体が詩なんだ」と言うことも出来るかも知れない。ただ、そういう言葉では説明できない何かが僕の内にあるというのも確かだ。

 「だって、一晩で四季を通り抜けるんだよ?」なんて説明にならない説明が口をつく。

1.
 この映画は、言葉にはできないけれども無性に素晴らしいと思える、そんなもので満ちている。

 「詭弁踊り」のあの動きもそうだし…それから、学園祭のシーンでの「緋鯉のぬいぐるみジャケット、「あれもうサイコーじゃん」と。だって、緋鯉のヌイグルミがジャケットになっているんだよ? 緋鯉のヌイグルミを背負ってるんだよ? それでズイズイと歩いていく乙女の風情も可笑しいし…

 ステージを作るときに、乙女が左右を見ながら一歩二歩後ろずさるのね。この時にカメラは背後から乙女を捉えているんだけど。乙女が右を向き左を向くたびに、背負っている緋鯉は逆に左を向き右を向く。むろん、それ自体が意思を持って動いているわけじゃなく、単に乙女の動きに合わせて動いているだけなのだけれど…その絵面がもう…可笑しやら微笑ましやら。

 それから、冬パートの、風邪を引いた樋口さんのアパート。大風に吹かれてゆらりゆらりと船のように揺れる部屋のなかで、乙女と羽貫さんが鼻をつまみながら右へ左へゆらゆら…というあの何とも言えないのほほんとしたシーンも好きだし…

 それからそれから、学園祭でダルマの衣装をかぶった乙女が、左右の腕を上下に振りながらグイグイと歩いていく身振りも何だか妙に心に残っている。この時にカメラは乙女の前から撮っていて、彼女が90度方向転換する時に、背景がグワーっと横に流れていく。その動きのダイナミズム。

 絵が動くというただそれだけのことを、子どもみたいに喜んで見ている自分がいる。この映画は全体、そうした無垢な喜びに満ちている。この映画、そういう辺りがどことなく初期の『クレしん』映画を彷彿とさせる。

 大学生を描いた世界で、子どものような無邪気な喜びを提供する。それこそが、この映画の特異な点であり、逆に言えば万人受けしなかった理由でもあるかも知れない。だって大人向けでも子ども向けでもないのだから。でも、ぼくみたいな大人子どもにとって、これ以上の映画はない。

2.
 作劇的にも、原作に比べると直線的な繋ぎが多くなっている。たしかに、スピード感は出ている一方で複雑さが損なわれている面はある。たとえば、東堂さんが大切にしていた春画を散り散りにしてばら撒くシーン、原作だと複雑な心境の変化があってそれでばら撒いてしまうわけだけれど、映画だと詭弁論部の高坂くんがまあ…単に汚してしまったという単純な理由になっている。

 たぶん、「改変」でもっとも問題になるであろう、「象の尻」のくだりがカットされているところ。原作では一章一章がある程度独立していて、その中で実際の四季を語っている。この映画は、それを一晩に改変していることもあって、全体のスピード感、グイグイと突き進む乙女の前身速度がより意識されている。それはその直後にやってくる冬の静かな静かな(BGMも止む)シーケンスと好対照をなしているわけで、あれはあれで成立しているように思う。

 あの学園祭のシーケンスでは、一斉に駆け抜けていく韋駄天コタツ、乙女、巌窟王の上演班、それを追いかける学園祭事務局と主人公。全体の疾走感と、夜空に花を咲かせるミュージカルの無闇な高揚感とが相まって、こちらのテンションも最高潮に達していく。

 四季を貫いていくドライブ感。物語の階段を一段ずつ昇るのではなく、フラップターですっ飛ばしていくような飛躍。その飛躍をただ「ご都合主義」の一言で片付けてしまうという真の「ご都合主義」。ドライブ感を損なうような、そんなかったるいのはすべて「ご都合主義」の一言でオッケーにしてしまう。

 原作では用いることのできなかった音楽の力がここに加わる。作劇的にはかなり無理やりなんだけれど、あの「ご都合主義の歌」でオールオッケーになってしまう。「ご都合主義」ってなんか良いなあ…なんて思えてしまう。だって、落ちたところにちょうどマットが敷いてあったりするんだよ? そんなのサイコーじゃん。自分で言っていて意味わからんけれど。映像と音楽の力で、そう思えてしまう。それって凄い。魔法だよ。

 「ご都合主義」はロジックを超えていく。ご都合主義に乾杯!