Mに捧ぐ | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


もう、誰の卒業にも私は
「おめでとう」
ではなく
「ありがとう」を

大矢真那



 心にぽっかり穴が開いたような虚脱感。

 「峯岸みなみ推し」だったあの頃、SKEでは「まさにゃ推し」だった…というのは、何度か書いた気がする。2013年のあの日から、一旦はNMBに流れ、結局はSKEに居着いたぼくが、なぜあの時、そのまま「二推し」の真那にスライドしなかったか…というのは、いまとなってはよく思い出せない(なにかを変えたかったのかな…)。

 いま、不思議と思い起こすのは、南知多のアスレチックでベルを先に鳴らされて文句を言っていた姿や、羽子板ドッキリで耳を真っ赤にして泣いていた姿、そしてネ申の修学旅行でお寺の鐘をついていた姿…。だれよりもお淑やかなのに、だれよりも子供っぽい。そんなまさなが大好きだった。変だな…あの時の感情はいまでもこの胸に残っているというのに…。

 それでも一年に一度は書き続けていた真那メインの記事(↓)は、彼女が「卒業を考え始めた」という2016年ころを境にパッタリと途絶えている(一応、昨年にも「二列目の真ん中辺りに持ってきて」とか書いてはいるのだけれど)。あの子の中に芽生えた、なんらかの変化を感じ取っていたのかも知れない。いや…変化の兆しがあったのは明らかだったな…。

 それでも変わらないものもあった。なんでも受け入れてしまうようなあの懐の深さは、いつだって変わらなかった。厳しい顔を覗かせようとしていた時期もあったけれど、でもやっぱり真那は真那だった。全てを包み込むようなあの暖かさは、メンバーの救いでもあったろうけれど、荒海へと漕ぎ出さなければならない若鷲にとっては(ある意味で)残酷な面もあるな…と、僕は秘かに思っていた。

 これまでずっと、自身のことよりSKEを優先してきた真那。他の誰より、メンバーの卒業を率直に嘆いていたSKEの(グランド)マザーまさな。僕らはずっと、真那と一緒に、卒業するメンバーを見送ってきた。いつだって、真那はそこに居た。いつだって、同じ気持ちでいる積りでいた。総選挙前のSR、22位で名前を呼ばれて飛び跳ねる姿、くるくる回って喜んでいたツイッター。真那はやっぱりまさなだ。

 いつからか(いつだって)、僕はまさなに安心しきっていた。SKEとは大矢真那のことである…というのは、あらゆる理屈を超えて、ぼくにとってひとつの真実だった。

 AKB48の峯岸みなみ、SKE48の大矢真那、最初に推していた子が最後まで残った一期生だったのは、今日この日まで、僕にとってちょっとした誇りだった。でも、真那…最後じゃなくなっちゃったね。ねえ…真那? こんなこと言えた義理じゃないけれど、「30まで続ける」ってあの言葉、嘘だと分かっていても、ぼくは信じたかったよ。

 ありがとう。すべての想いを込めて。