信じること、寄り添うこと、彼女とデートなう
1.「彼女とデートなう」
近ごろ、Twitter上で、ぺろりん先生(鹿目凛:虹のコンキスタドール)発の、「彼女とデートなう。に使っていいよ」というツイート(あるいはその変形版)が女性アイドルを中心に流行っている。彼女たちはいかにもデート中という画像をそこに貼り付けるわけだ。
世の男子は、容姿、身長、年齢、職業、地位、収入、機知、才能、ユーモア、ファッションセンス、そして彼女の有無…いろいろなもので値踏みされる。たとえ「彼女なんてメンドくさいし、別に推しのアイドルがいればそれで良いや」と思っていてもそれは変わらない。ましてやドルヲタなんてものに、世間の目はまだまだ冷たい。
そこで、あのツイートだ。あれは本来、「そんなあなたを私は分かっています」「あなたの味方です」「アイドル(わたし)がいれば良いじゃないですか」という意味を持っている。
その男子がどんなスペックであれ、どんな境遇であれ、アイドル…あるいはアイドル並みのルックスの子と付き合っていれば、それだけで男社会の中では「勝ち」なんだ。男女問わず、誰に蔑まれたって、鼻で「フンッ!」と笑ってしまうことが出来る。本当だよ?
だから、アイドルと付き合いたいと思う男の気持ちの半分は、見栄で出来ていると言っても過言じゃない。バカバカしい話だけれど、男ってのは、かくも見栄で出来ている生き物なんだ。
それはともかく…大事なことは、あのツイートひとつで、世の中のさまざまな男子を、さまざまに異なるその生き方を肯定できるということ。それこそが、あのツイートの力だ。
たまにあるように、自分以外の子の画像を使っても、なんの意味もない。なぜならあれは、「私はあなたの生き方を受け容れます」って言明だから。自分自身が共犯者になるんじゃなきゃ、その言霊は発揮されない。
「使ってください」でもやっぱり違うわけで。それだと、その画像の用途と対象を限定してしまうし、なんだろうな…ファンをそういう人として限定してしまう。そうじゃなくて、言いたいのは「私のファンには、いろんな人がいて良いんだよ」ってことだから、「使っても良いよ」という、そのニュアンスが大事なんだ。
言っている意味、分かるかな…?
2.「信じること、寄り添うこと」
くまが立てた25位という新たな目標の陰で、足蹴にされた26位から32位までの未来。それらは、この1年、「アンダーガールズ(17位~32位)を目指したい」という彼女の言葉を胸に、ぼくらが大切にしてきたもの。1位という至高の玉座を狙うならともかく、25位なんて中途半端な目標のために祝福されないそれらの未来が、ぼくは不憫でならなかった。
思えば、とりわけこの半年は寂しさと疎外感がぼくの傍にはあった。「髪を染めるのイヤな人がいるから染めない」と言ってたのに染めちゃったあの日からずっとね。
くまはよく、番組を宣伝する際に「絶対に見てね」と言う。たとえそれが、一部の地域の人しか見られない番組であってもだ。あの子の頭の中には、見られない地域の人のことは入っていない。選挙公約に掲げた「お宅訪問」だって、楽しめるのきっと当たった当人だけだし、当たらない人のことはやっぱり頭にないみたい。
あの子の言う「ファン」というのがまるで、たったひとりの擬似人格のようで、その人格に馴染めないぼくは遠巻きに眺めているしかない。
選挙戦の時はいつも、王たる秀頼がやって来ないと知った西軍諸将のように、ぼくは孤独のなかで戦っていた。別に何をしなくても良い。「信じる」だけじゃなくて、戦場に現れて顔でも見せてくれるだけで、ただ寄り添っていてくれるだけで、兵たちの士気は上がるのに。
「信じてる」って良い言葉だと思う。でもね、ぼくのことは信じないで欲しい。髪を染めたり男を作ったりすれば推し変するし、ヤル気がないと感じたら熱は冷める。そばに居てくれなきゃ気持ちはぐらつくし、そんな時に他の子に優しくされたら心は揺らいでしまう。
ファンは別に一枚岩じゃなくて、みんなそれぞれの考えがあって、みんなそれぞれに生きている。くまとの絆がある人もいれば、そうでない人もいる。大事なことはきっとね、「ファン」をひとりの擬似人格と見なすことじゃなく、それぞれに違うその一人一人に寄り添っていくことなんだ…と、ぼくは思う。
3.「無名戦士の歌」
おぎゆかは、ぼくのために飴を買ってきてくれた。ぼくにはそれが、なによりも嬉しかった。
SRでは壇上に上がった人(ギフト数によって決まる)の順位を読み上げることが通例になっている。おぎゆかの場合は、さらにそのあと画面を指差し、「画面の前のあなた!」と言うのがセットでついてくる。
その時に、おぎゆかはいつも飴ちゃんをくれる。もちろん、実際にはなんの意味もない。それこそ「絵に描いた餅」だ。でもね、それがなんだか、とても嬉しいんだ。壇上に上がっていないぼくらのことも、彼女が気にかけてくれているようでね。
先日、彼女は新しい飴を買ってきてくれた↓ハチミツのやつ。いつも同じミルク飴じゃつまらなかろうってことで、わざわざ違う飴を買ってきてくれたんだ。
それはもちろん、最終的には彼女の胃の中に収まるんだろうけれども。たださ…たとえ「絵に描いた餅」でもさ、ぼくらのために、というその気持ちが嬉しい。名前を呼ばれるわけでもない、ギフトで貢献しているわけでもない、もしかしたら推しですらない、ただの通りすがりかも知れないぼくらのために…ぼくのために彼女は飴を買ってきてくれた。
それがどれだけ、ぼくの心を溶かしたか…
ねえ…くま? 人の心って、弱くて脆くて壊れやすくって、移ろいやすい。だからこそ希望が、光が必要なんだ。自分を分かってくれる人のために、自分を見てくれる人のために、命を捧げてきた古今東西の無名戦士たちの歌が、君には聞こえているかい?
乃木坂46 『君の名は希望』