発端となったのは、小笠原の告発でした。
「あまり詳しくは言えないですけど、1つどうしても言いたいことがあって。非常に残念だったのが、森脇選手がレオ・シルバ選手に対して『くせえな、お前』という言葉を発した。それがどうしても許せなくて。試合が終わった後にレオと話をすると、「彼はいつも俺に対してそういうことを言う」と言ってきました。これまでの対戦でも、カイオやダヴィに対して同じようなことを繰り返していました。もう自分の中では限界。立派な言葉の暴力だと思うし、差別と捉えられてもおかしくない。非常にいいゲームだったんですけど、それが残念なことなので、検証してほしいです。両者が入り乱れて、レオも止めに行こうとした時に、明らかに口と鼻を抑えるようなジェスチャーもしている。フェアプレーが議論されている中で、言葉の暴力は見逃してはいけないと思う」
はじめに、立場を明らかにしておきます。僕自身は名古屋サポであり、今回の件とは直接に利害関係はありません(J2なので…)また、親がレッズサポということもあって、よく試合を見ているので、心情的にはむしろレッズの方に親近感があります。今回の試合も、「柏木いないのに、なんで矢島はベンチにも入ってないんだ…!」とか言いながら見ていたわけです。
でもですね…森脇の件、あれはアカンですよ。
この話、二つに分けなければならないと思います。まず、1.小笠原が言ったことが事実なのかどうか。そして、2.小笠原が言ったことが事実だとすれば、アウトかどうか。
2.小笠原が言ったことが事実だとすれば、これは完全にアウトです。「侮辱ではあっても差別ではない」みたいな意見を耳にしますが、たしかに今回だけだったら、そうした言い逃れもできるでしょう。しかし、注意しなくてはならないのは、「彼はいつも俺(レオ・シルバ)に対してそういうことを言う」という点と、「カイオやダヴィに対して同じようなことを繰り返していました」という点です。黒人選手に対してばかり繰り返しそのようなことを言っているとすれば、これは完全に人種差別ですし、アウトです。
それでは、1.小笠原が言ったことは事実なのか。小笠原の告発に対して、森脇は次のように答えています。
「試合中に興梠選手が鹿島の選手といざこざになり、鹿島の選手数名が寄ってたかっていたので、興梠選手のチームメイトなので彼を守ろうという思いで止めに入ろうとしました。そのときに、最初に小笠原選手に「お前だけは入ってくるんじゃねぇ、ボケ」と言われました。それに対して、「うるせぇ、ボケ」という感じの口調で返しました。そこから鹿島の選手が3人、4人、もちろんそこに小笠原選手も加わってかなり詰め寄っていろいろ言ってきました。そのときにボクの顔にたくさんのツバが散ってきたので、小笠原選手のツバも散ってきたので、本当に子どもみたいなケンカで申し訳なく恥ずかしいのですが、「口が臭いんだよ」という発言をしました。そして、ボクはチームメイトに止められてその場をあとにしたのですが……」
この弁明に対しては、鹿島サイドのファンサイトで詳細な反論が出ていますが…(http://jleaguedata.xsrv.jp/2439)
そのサイトを確認するまでもなく、森脇の主張は、残っている映像と齟齬をきたしています。映像では、浦和の#46森脇は、鹿島の#40小笠原となにか言い争った(0:06-0:07)あとに、詰め寄ってきた#4レオ・シルバに対して、顔の辺りを示すジェスチャーをまじえながら何かを言っています(0:08)
森脇証言によれば、0:06-0:07の小笠原とのやり取りは、小「お前だけは入ってくるんじゃねぇ、ボケ」、森「うるせぇ、ボケ」の筈ですから、その後に言ったとされる「口が臭いんだよ」は、映像を見る限りレオ・シルバに対して言っている筈です。直後に浦和の#4那須が止めに入ってますから、言ったとすればそこしかないのです。ところが、森脇はそれを小笠原に対して言ったことにしてしまった。
A.森脇自身が「口が臭い」と言ったことを認めている。
B.残っている映像で、レオ・シルバに対してなにかを言っている。
の2点から、心証的には「真っ黒」ですが、実際にその場面でなにを言っているのかを聞き取れないため、完璧な証拠にはなりえないことも、また事実です。森脇が「嘘」をついていることはたしかですが、そこから「小笠原が言っていることが正しい」と言えるまでには、まだ一段あるのですね。
ダヴィやカイオの件に関しても、ダヴィが試合中にいきなり森脇にキスをしたことがあり、それはやはり「口が臭い」と言われたからだと考えることも出来るでしょうが、やはり直接の証拠はありません。
事実検証については、今回の件が黒かどうか、これまでのことも黒だったのかどうかの2段階に分けて考えなければならんでしょうが、映像を分析するなり、当事者に事情を聴くなりして、新証拠が出てこない限りは、どちらの件も「灰色」のままだということになります。
なんだかね…小保方事件以来の教訓ですが、もはや性善説は成り立たない。平気で「嘘」をつく人間を前にして、社会はあまりにも無力です。
…
この件で僕が何よりもガックリしたのは、浦和レッズというクラブの対応です。
件の試合から一日明けた昨日。トレーニングの前に数人の選手にヒアリングを行った結果、「本人が話した以上のことは何も確認できなかった」「今後はJリーグからどのような対応をしていくかを待って、クラブとしても対応していきたい」という広報部の発表が、雑誌媒体を通じて伝えられたのみです。
白黒は別として、この件についてクラブとしてどう考えているのか、きちんと声明を出すべきではないですか? これだけ騒ぎになっているのに、いまだ公式ホームページでは何らの声明も出されていません。あまりにも動きが遅すぎではないですか?
また、映像と森脇の主張が明らかに齟齬をきたしているのに、その点については何も検証しないのですか? 身内の証言を鵜呑みにするだけですか? 対応があまりにもぬるすぎやしませんか? これまでに何度も「人種差別」が問題になってきたクラブなのに、こうした件に対する対応がいまだにこれだけぬるいというのは、いったいどういうことですか?
そこで発表された森脇の「謝罪」も変でした。前日、告発をした小笠原の「人間性にショックを受けている」という発言までした彼。この日は「僕が発した言葉で多くの人に迷惑をかけてしまった。レッズに関わるスポンサー、スタッフ、チームメート、サポーターの皆さんにも迷惑をかけて心配をさせてしまった。大いに反省して、レッズに関わる人にも謝罪したい」と言っているのですが…なぜ、鹿島サイドでなく、レッズサイドに謝っているんですか。
こうした「身内」に甘い体質は、クラブ内部だけではなく、それを取り巻く周囲にも見られました。たとえば、『レッズプレス』の記事には、「言った言わないの水掛け論は端から見れば、不毛の極み」などという記述がみられます。
僕はこれ、相当に酷いと思います。先ほども言ったように、今回の件は、小笠原が言ったことが事実だとしたら、「完全にアウト」なんです。だからこそ、徹底的に真相を究明しなければならない。にも関わらず、暴言を吐いたとされている側の利害関係者が「不毛の極み」なんて言ってのける。どんだけ身内に甘いんですか。
サポーターも同様です。レッズ関連の掲示板もいくつか覗いてみたのですが…正直、ゾッとしました。もちろん、良識ある人も中にはいます。しかし、驚くほどの森脇擁護のオンパレード。恣意的な論理を振りかざし、小笠原に対して「卑怯者」だの何だのといった罵詈雑言。典型的な「身内の論理」で動く人々の姿がそこにはありました。
それではまるで、「いじめをチクったやつの方が悪い」みたいな理屈じゃないですか…。こういうこと言ってはなんですが、「そりゃあ、こういうこと繰り返す筈だよ…」と。
小笠原が卑怯者だろうが何だろうが、鹿島との間にどんな因縁があろうが、そんなことはまったく関係ありません。繰り返しますが、彼の言ったことが事実なら、それは「完全にアウト」なんです。そこは捻じ曲げてしまうべきじゃない。
事実検証のレベルで言いたいことはあるでしょうが、少なくとも、現段階で「口が臭い」と言ったこと自体は森脇本人が認めていますし、それを言った対象/経緯に関して彼がなんらかの「嘘」をついていることもまた事実です。レッズを愛するサポこそ、そこを問題にすべきではないですか?
どこのクラブにも、一定数、質の悪い人(サポーターであれ選手であれ)というのは居るでしょう。でも、彼らにデカい顔をさせてはなりません。たとえ身内であれ、おかしなことは「おかしい」と言うべきでしょう。でなければ、クラブの誇りというものが保てなくなります。本当にクラブのことを愛しているのならば、身内の論理で動くべきではない、と僕は思います。
今回の件、僕はひとりのサッカー人として、浦和レッズというクラブにはっきりと失望しました。いくら良いサッカーをしていても、こんなことをやっているようじゃ、尊敬には値しません。
追記:
「誰に何を言ってはいけないか」は歴史的文脈によります。黒人選手に対して「臭い」と言うことはそれ自体が差別と受け取られかねないのです。以下引用。
アメリカ南部の「黒人」の臭いなどの言説を取り上げたマーク・スミス著の『人種はいかに創られるか』(2006) は注目に価する。例外はあるものの,一般に大衆向けの書物においても学術書においても,人種を視覚的現象としてのみ扱う傾向がある」というスミスの指摘は, まさに我々の問題意識と同種のものである (Smith 2006:2)。 視覚的に暖昧な「黒人」は,異人種間結婚の増加により白人になりすます 「パッシング」がピークを迎えた1880 -1925年頃, 急増しつつあった。それゆえに,「見えない人種」となったこれらの黒人(社会的には 「一滴の血の法則」により黒人とされた)については,皮膚の色がたとえ 「白く」ても,「体臭は残る」 とされた。つまり目を欺くことができても, 臭いを消すことはできないというわけである。強盗が入った後,家に戻った家主が 「これはニガーの臭いだ」と叫んだといった逸話は, こうした表象を具現化したものである。
それでは黒人に独特とされる体臭とは何か。黒人たちの問では,それは食べ物や,独特の香水や整髪用品,肉体労働による汗によるものだと説明される。 しかしいずれの階級の白人も,こういった歴史的条件の下に創られた臭いを,生物学的に決定された黒人の特性として定義していたのである。
このような言説が単に偏見にとどまらず人種主義の問題となるのは,それが経済的・政治的利害と結びつくからであるが (竹沢 2005),ここでの事例も例外ではない。スミスによると,黒人の分厚くきめの粗い皮膚は綿摘みなどのプランテーション労働に適しているといった言説によって,過酷な条件下での労働が正当化された。そればかりではない。強制労働やリンチにつきものであった鞭打ちも,この「分厚い皮膚」の言説と無関係ではなかった。白人対黒人という 二分法において,白く美しく,繊細で敏感な肌をもっとされた白人の皮膚をめぐる言説に対置されたのは,黒く醜く,分厚く粗いがために,痛みに鈍感であるとされた黒人の皮膚であった。その彼らに確実に痛みが届くように,鞭をいっそう強く打つ必要があるとされたのである。
こういった嗅覚や触覚に関する知覚表象は,白人と黒人の人種間関係を象徴するものであるが,それだけでは済まなかった。気味の悪いことに, リンチで切断した黒人の指をポケットに入れて持ち歩く習慣が,白人奴隷主の問では珍しくなかった。そこから異臭を放たせながら切断という暴力を介して黒人身体の部位を所有することが,彼らの権力の象徴であったという(Smith 2006: 23; 59 -60)。