「推定少女とAKBと見せパン革命1」 | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)


「推定少女とAKBと見せパン革命1」

注:この記事は独断と偏見で出来ています。

 「革命」が起きるとき、そこには必ず打破される対象があります。倒されるその対象が何かが明示されていなければ、周囲に恐怖感を与えるだけです。だって、打破される対象が自分の大切にしているものかも知れんじゃん?

 まあ、それは置いておいて(なんの話かわからなければそれで結構←)

 ここで話したいのは推定少女とAKBの話。今考えると、あれこそ革命だったのではないか…と…_φ(・_・

1.
 推定少女は、単純に言ってしまえば、あの当時一世を風靡したロシアのガールズユニット、t.A.T.u.の文脈で出てきたグループでしょう。制服を着た2人組で、エロさが売りで、ちと同性愛っぽい雰囲気を醸し出す…っていうね。

 t.A.T.u.が流れ星のようにあっけなく消え去っていったように、推定少女もまた、時のあぶくと消えていきました。あの当時、推定少女は色物のように見られていた印象が強いですね。「だっちゅーの」1発で売れたパイレーツのように、「パンチラ」だけで片付けられてしまう。

 あ…この記事めっちゃ「パンチラ」とか「見せパン」って言葉出てきます(≧∀≦)ノ

 しかしながら、アイドル史的に見て、あるいは文化史的に見て、実はわりと重要なユニットだったのではないか…というのは最近になって思うことです。ぼくは当時から推定少女が好きだったのですが、それが何故だったのかということが分かってきたんです。

 制服を着た2人組で、エロさが売りで…というものを日本の文脈に置き換えた時、そこにはt.A.T.u.の文脈とはまったく異なる意味が生じました。あの当時、きわめてアクチュアルな問題がそこにはあったからです。

 今となっては聞かなくなって久しいですが、1990年代末から2000年代初頭にかけて「援交」とか「ブルセラ」が社会問題化していました。性を「売り」にすることがカジュアル化したんですな。学生さえも(いや、だからこそなのか)性を売りにしていた。それを仮に「援交文化」とでも名付けておきましょう。

 女子高生の制服というのは、そうしたものの象徴のように(一部からは)見られるようになってしまったんですね。

 実際のところ、それらは今でもあるでしょうが、あまり時代の表面には出てこなくなりましたよね。あの当時は、マンガでも小説でもドラマでも、そういうものが登場することがやたら多かったのです。たとえば、村上龍原作、庵野秀明監督の実写作品『ラブ&ポップ』は、そうした時代の空気を如実に反映しています。また、それらの作品群はそうしたものを実態以上に大きく見せる役割を担っていたでしょう。

 結成当時(1997)女子高生だったパイレーツの、あのあまりにもあっけらかんとした、胸を強調する芸もまた、そうした時代の空気を反映していたように思います。とは言え、パイレーツは「援交文化」の文脈とは切り離されていたと思うのですよね。それは、まず彼女たちがグラビア出身だからで、基本的には衣装も制服じゃなかったからです。あれ、制服でやったらかなり生々しいですよ。パイレーツは基本的にはグラビアの文脈で見た方がいい。
(ぼくはパイレーツも結構好きだったですが←)

 2001年にデビューした推定少女がパイレーツと決定的に異なるのは、制服を着た女子高生(デビュー時は中学生)だったからで、超ミニの制服衣装で歌って踊って平気でパンチラしていたからです。たとえ見せパンであったとしても、あの当時、それはまだかなり生々しく感じられて、だからこそ色眼鏡で見られてもしまったわけですが…。

 でも、TVメディアに出るアイドルユニットがああしたスタイルを取るということは、あの当時の日本において理解されていたよりも、はるかに先鋭的でずっと攻撃的な意味を持っていました。

 つまりですね、あの当時のイメージとしては、薄暗い(…かどうかはさて置いて)ブルセラショップの店内とか、薄暗い(…かどうかはさて置いて)ラブホの室内とかで、地位も名誉も金もある(…かどうかはさて置いて)大人に金を貰って、こっそりと見せるもの…だったわけですよ。そういうものは。

 たとえ援交少女たちが自らの意志でそうしていたにせよ、日の当たる場所で大っぴらに出来ることではなかった。彼女たちにとって、(たいていの場合)それはあくまでもお金という目的のためになされる手段であって、それ自体が目的ではなかった筈です。

 推定少女は、そういうものをすべて無効化しちゃったんです。TVで女子高生(中学生)が制服姿でなんの衒いもなくパンツを見せてのけたんです。それ自体がカッコいいとでも言わんばかりにね。当時、普通にHEYx3とか出てましたから。まあ、先にも書いたように、色眼鏡で見られたのも確かですが、そこにはもっと積極的な意義がありました。

 あれは…つまるところ、自らの手で自らの身体を奪い返す戦い…「女子高生の制服」というものに貼り付いたジメジメとした陰気な視線を剥ぎ取るための戦いでした。

 僕らは、たとえ明確ではないにせよ、心のどこかでそのことに気付いていました。なぜならば、「援交」が騒がれていた時代、僕らは彼女たちと同世代で…つまるところ、自分たちの同級生がお金で買われていくのを、ただ歯ぎしりして眺めている立場だったからです。たとえ、実際は周りにそういう子が居なかったとしてもね。皮膚感覚としては、そういう感覚はあったのです。

 そして、そのゆえにこそ、超ミニの制服姿で踊り、TVでパンツを見せてしまうような彼女たちに共感を覚えたんだろうなって。推定少女はMVとかパフォーマンス時に見せるシリアスな表情と、素の時の無邪気な表情との間にギャップがあって、それがまた魅力的でもあり、かつ親近感を覚えたところでした。きっとね、同級生が僕らのもとに戻ってきたように感じられたんです…たぶんね。きっとね…おそらくね。

 でも…時代が早かったんですな…。その真の攻撃性は理解されないまま推定少女は解散していきました。それに、当時の僕らには、まだそこまでの力もありませんでした。「推定少女が好きだ」と大っぴらに言うことが僕らに出来る唯一の抵抗でした。それは、援交親父たちには決して出来ないことだったのです。

 …

 推定少女でもうひとつ重要なことは、デビュー曲の作詞を秋元康が手がけていたということです。プロデュースという形ではなかったにせよ、あのおっさんはここでも一枚噛んでいたんですな。

 推定少女が解散する約半年前。ひとつの地下アイドルグループが秋元康のプロデュースでデビューしました。まあ、言うまでもありませんよね。制服姿で踊るAKBはまぎれもなく、推定少女の文脈上にありました。

つづく
↓このMVは別にパンチラしてないやつ←
(いや、ぼくは単に、このMVがいちばん好きなのよね)