キングダム徒然
1.
今さら(part2)「キングダム」を見ていました。原作は以前読んだことあったんですけどね。アニメ版第1期に感じるのは、やはり3DCGの硬さ。カメラワークとか大量のモブを動かす分には有利ですが、やや滑稽に感じさせるところもあるかなと。
一方、第2期は作画の占める割合が増えているせいか、違和感なく見られました。まあ第2期はOPソングが…ですし、トータルとして見ると必ずしも第1期より優れていると言い難いところもありますが…
ただ、こと3DCGの使い方に限って言えば、ラブライブのダンスシーンもそうですが、日本のアニメはフル3DCGに行くよりも、作画+3DCGの方向に進む方が正解なのかもしれません(今期ではベルセルクが漫画表現と3DCGを重ねたような面白い表現を見せていますな)
2.
ストーリー的には、やはり力強さがあって、一気に読ませます(あ…ここから原作の話ね)。信が麃公将軍の部下と会話するシーンで、「この作品は人間が描けている」ということに気付かされました。だからこそ、引き込まれるのだと。
ただ、その一方で、時折、ものすごく下らないと思えるところもあって。秦の「六大将軍」とか、趙の「三大天」とかは厨二病全開って感じでも、まだ許せるんです。しかし、魏の「火龍七師」とかまでくると、ウ〜ンと。
それはひとつには、史実のリアリティを反映していないからですよね。「三大天」が史実を反映した設定であるのに対し、完全にフィクションの世界になっている。それに、あの時代の各国って、もうガリガリ秦に削られていく一方*で、単独で秦に抵抗するような力は持っていません。
*↓B.C.350年頃の三晋の地図(wikiより)
「キングダム」の時代[B.C.240頃]には、秦は、晋陽ー屯留ー山陽のラインにまで進出しています
だからこそ、ほとんど一人で食い止めていたような趙の李牧(それと一度は弾き返した楚の項燕)の凄さが際立つわけですが、「魏火龍七師」や楚の媧燐みたいなものを出してしまうと、その凄みや、各国の悲愴感がいまいち伝わらんな…と。
もちろん、史実のままに描いても漫画として面白くなるわけじゃないってのは分かるんです。でも、その結果、強い奴が出てきて、また次の強い奴が出てきて、それぞれのエピソードが語られて、最終的に一騎打ちで決着がつく…そんなワンパターンの構図になっているような気がします。
3.
これ、「弱虫ペダル」辺りの構図に凄く近いと思うんです。両者に共通しているのは、戦場とか自転車競技のリアリティを(半ば意図的に)犠牲にして、漫画的な面白さを追求しているということ。だから、漫画としての力はたしかにある。グイグイ読ませる。でも、最終的にワンパターンに陥ってしまう。
実際の戦場って、もっと多様で。だって、毎回あんな一騎打ちで決着がつくわけないじゃないですか。そもそも優れた将軍が必ずしも武勇に秀でているわけでもないですし、流れ矢に当たって死んじゃったり、名も無い雑兵に討たれたりしちゃうわけですよ。
もうひとつ、「キングダム」では戦争がまるで計算尽くのように見えます。でも、何万、何十万という軍隊が戦って、全部計算通りに動くなんて、そんなことはあり得ません。本当はもっとずっと偶発的な要素に満ちていて(伝令を送っても道に迷っちゃったりね。嘘みたいな話はいくらでもあります)
そういう戦場の多様性とか、運命のいたずらとか、歴史のもつ流動的なダイナミズムが、漫画的な型にはめられることで損なわれているな…と思うところもあります。
4.
ただ、たとえば蕞防衛戦のように、史記のたった一行をああいう風に膨らませられるってのは、やっぱり凄いですよ。漫画にはああいう力…世界を創造する力…想像を具現化する力…があるという点においても、特筆すべき作品だと思います( ..)φ
