僕だけがいない街(2.5) | 想像上のLand's berry

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言葉はデコヒーレンス(記事は公開後の一日程度 逐次改訂しますm(__)m)

 
僕だけがいない街
 
2016年日本
 
監督:平川雄一朗
 
概要
 三部けいによるミステリー漫画を、『ツナグ』などの平川雄一朗監督が映画化。自分の意志に関係なく時間が巻き戻る現象により18年前に戻った主人公が、記憶を封印していた過去の未解決事件と向き合い、時空移動を繰り返しながら事件の解明に挑む。主演は『カイジ』シリーズなどの藤原竜也、彼が心を開くきっかけを作るヒロインに『映画 ビリギャル』などの有村架純。そのほか及川光博、石田ゆり子らがキャスト陣に名を連ねている。(シネマトゥデイより)
 
感想
 最初はキャストの問題もあって、会話やモノローグの間が保ってないように感じたアニメ版。見続けている内に、声に慣れてきたこともあって面白くみることが出来た。ただ、1クールというのは、やはり短かったように思う。枝葉を枯らして、幹だけで語った感じがした。
 
 さて…映画版(なんか、こんなことばかり書いている気がする。それだけ、マンガやアニメの実写化作品が多いってことかな)
 
1.
 なにから語ろうか。やっぱりキャストかな。大人の方は、どう考えてもイメージ違うだろう。悟は藤原くんのイメージじゃないし、愛梨も有村ちゃんのイメージじゃない。原作は、もっとこう…普通の雰囲気の人が、勇気とか信頼をもって戦っていく…というイメージがある。藤原くんだと、最初からヒーローっぽいというか。
 
 いちばん引っかかったのは白鳥潤。林遣都くんとか(僕は好きな俳優さんだけれど)あり得ないと思うんだけどな。それは単にイメージが違うってだけの話じゃなくて、イケメンばかりのキャスティングだと、作品の幅…というのが広がらない。
 
 母親役の石田ゆり子さんもそう。可愛すぎるし、雰囲気が優し過ぎるし、なにより若過ぎる。若い頃の時代も演じなければならないから、仕方のない部分もあるかも知れない。その辺は実写の限界も感じた。マンガやアニメだったら、歳を取らせたり若くしたり、描き手の自由にできるけれど、実写だとそうはいかない。
 
 まあ、それでも、演じている俳優陣がみんな実力のある人たちだから、それなりに説得力のある芝居にはなっている。
 
 子役はね~…。みんな平均以上のレベルではあると思うし、雛月役の子はかなり良かった(ヒロミが居ない!)。でもね、悟役の子は、プロデューサーが「竜也くんに似ているというところでキャスティングした」と言っているように、たしかに藤原くんには似ているんだけど、その藤原くんが悟の雰囲気じゃないから…って微妙な感じ。
 
 それにやっぱり、(頑張っているとは言え)子役の演技には限界がある。「泣いてねーべさ」って…うん、たしかに泣いてないよね…とか、突っ込みたくなってしまった。その辺も実写ならではかも知れない。アニメだったら、アニメーターが自由に描けるわけだから。
 
2.
 あとは、やっぱり脚本だなあ…。コミック8巻分を2時間の映画に詰め込むわけだから、そりゃあ無理がある。1クールのアニメ版ですらダイジェスト感があったのに、これはもう何というか…出来事の表層をなぞっているだけ。血肉が通っていない。だから、酷な言い方だけど、「僕街ごっこ」に見えてしまう。
 
 これだったら、1時間のTVドラマで1クールやれば良かったわけで、映画という媒体自体がこの原作に向いとらんのだと思う。なんか、こういう「原作いじめ」のような作り方…つまり「原作がこうだから、こう作る」ってんじゃなくて、「ムリクリ型に押しはめて作る」ってところからして、原作への愛が感じられん。
 
 ただ、そのことを割り引いても、この脚本は出来が良くない。表層をなぞるような目まぐるしい展開なのに、なぜだか間延びしているって、もう意味が分からんよ。そのうえ、端折ったことでずっと陰鬱な雰囲気になっていて、原作の持っている前向きな明るさも失っている。だいたい、ヒロミくんが居ないって、どうなってんのよ。
 
 しかも、(後述するように)原作改変している割りに、原作のあまり良くなかった部分(序盤の逃げるとこ)はそのままだしとか言ってたら、この人、僕が『チームバチスタ』で酷評していた脚本家なのね…。邦画の最大の弱点って、予算でも技術(CG)でもなく脚本だと僕は思う。
 
3.
 それから、この映画で原作ファンがもっとも引っかかるであろう、最終パートの作りが変わっているということ。大きく分けて2つ変わっているのだけれど、ラスト前の改変は、辻褄的に相当におかしなことになっている。
 
 それから、ある意味ではもっと重大なエンディングの改変。これに関しては、プロデューサーと監督のこんなインタビューが載っていた。
 
――アニメと映画は、エンディングが違いますよね。あの展開にされたのは?
平川:そうですね。春名さんと話したのは、何かを得たら何かを失わないといけない、そういう代償をちゃんと描こうということなんですね。
春名:SFファンは、そういう考え方を大事にするそうなんです。そこを考えないと、過去に戻って、何でもアリになってしまう。それをふまえて、映画はああいう展開にしたんです。
 
 誰だよ…そのSFファン。なんか、つまんね~考え方だなって思う。タイムリープものやタイムワープものには、たとえば『恋はデジャブ』とか『サマータイムマシン・ブルース』とか『アバウトタイム』とか、ああいう自らの能力/状況を自らや他人のために惜しみなく使って幸せになりましょうって作品の流れもある(だからって万能なわけじゃない)
 
 『僕街』はまさにそれなわけで、そこの部分を変えてしまったら『僕街』である必然性がない。そして何より、この改変によって「僕だけがいない街」というタイトルの意味自体が変わってしまっている。再三言うけれど、だったら『僕街』じゃなくて良かったじゃない。
 
 こういう道徳くさい紋切り型の発想しかできない人たちが作っているんだなと思うと、心底がっくりする。このインタビューからは(もちろん映画自体からも)全体、「志」…というものが感じられなかった。平川監督は『JIN-仁―』が良かったから期待していのだけれど、こういう発言を見ると、明らかに限界がある監督だなって思う。
 
4.
 おまけに映像も良くない。たとえばアニメ版だったら、真っ赤なコートを着た雛月の雪降る公園でひとり佇む姿が、キービジュアルとして効果的に使われていた。この映画では、そういう印象的なシーンが見当たらない。そもそもキャスティング/筋立てからして世界観に背を向けているわけで、「だったらどういう世界なんですか?」ということを映像面で提示できていない。
 
 タイムワープ/リープものとしての面白さも映像から伝わってこない。たとえば、ある事件がひっそり起こっていて、最初は登場人物が気付かないのだけれど、2度目=タイムリープ時には気付くという(↓の予告編にも映っている)場面ね。これ、画面上では、最初から隅っこにでも映っていないと面白くない。あとで見返してみて、「あ…何気なく見ていたけれど、実は最初から映ってたんだ…」って驚きがあるから。たとえば『サマータイムマシンブルース』なんかは、まさにそう作ってある。
 
 そういう遊び心とかさ、この素材をどう撮ろうか…って、ワクワク感が、画面から全然伝わって来ないのよね。この映画、いったいどういうつもりで作ったんだろう。浅い。本当に浅い。その一言。
 
☆☆★(2.5)
物語2.5
配役3.5
演出3.0
映像2.5
音楽3.0